ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

たとえアイコンがうさぎになろうとも、ヒト型ネコはゆずらないっ!
ごはんおかわり! お茶も!
あ、ぶぶ漬けでもどうですか?

カテゴリ: 旧「きよこ館」記事

 久々に1年のまとめをしてみます。5年ぶりです。これをやった方がよいような気がするんですよ。それに2010年から2011年ってちょうど区切りっぽいですし。
――2010年ってどんな年だったかなぁ。そんな感じできよこ的だいたい十大ニュースにまとめてみました。さて、最終的にいくつになるでしょう。

だいたい十大ニュース

 

1位 採用試験受験
ひさびさに受け、2次試験までは進んだものの、あえなく撃沈。もうすっかり忘れてしまいたいことではあるけれど、そう簡単に忘れられないから第1位。一時はものすごく落ち込み、いったんは仕事に対してものすごく前向きになったりもしたけれど、今でも悔しくて不甲斐なくてたまらない。それは冬季オリンピックの頃の出来事でした。

たぶん2位 2度の関東遠征
6月と8月の2回、栃木県宇都宮市(と、東京と神奈川)へ行ってきました。宇都宮見聞記を書きたかった(今でも書きたい)のですが、なかなかまとめる時間がなくて、残念。でも、なかなか楽しい旅行でした。

きっと3位 たくさん京都観光
京都に住んでおきながら、京都観光が3位というのはどういうことかというと、一緒に遊んでくれたお友だちがたくさんいてくれたからです。寺だ神社だ美術館だ鵜飼いだ妖怪だなんだといいっぱい行きました。京都検定は12月に受けて1月末に結果が出るので、2009年に受けた分は不合格。2010年に受けた分は結果待ち。たぶん1.5級ぐらいはイケてると思うのですが。

3.5位ぐらい 持つべきものは
何で3.5だよ。2位も3位もほかのもいっしょくたにしちゃうキーワードが“お友だち”ですよ。遊びに行って遊びに来てもらって、助けて助けられ……。ホントに、ひさびさに連絡を取って友だちと会えた機会が多く、めずらしく忙しい年でした。

4位……か? ○○の○○・○○
個人情報とプライバシー保護の観点から伏せ字だらけですが、大きな出来事でした。もう少し上の順位でもいいかもしれません。自分のことではないので詳しいことは言えませんが、ショックでした。いったい私に何ができたんだろう。あの時の衝撃とその後の安堵感は何とも言えません。

5位でいいかな 休館と再開
当サイト「きよこ館」とブログ「ぶつぶつノート~三日めのネコ~」を一時休館とさせていただきました。その後、無事に再開させていただく運びとなったのは、ひとえに皆さまのおかげでございます。そしてブログは「ぶつぶつノート~四次元ぼけっと~」とまたもや改名しました。休館→再開の動きも、この改名も、いつもながらあまり意味がないような感じですけど。

6位ぐらい twitter開始
twitterのせいでブログの更新が遅くなったとか、そんなことはありません。そもそもブログの更新が遅いのですから。もうすぐtwitterを始めて1年。最初毛嫌いしていたのも何のその、ようやくうまいことつき合っていけるようになった気がします。でも「なう」は言わん。

もう7位 大きな買い物
主に飼い主が買ったものですが、車とMac。車はナビがついて賢くなったので、九州の実家まで車で帰るという暴挙に出ることにもなりました。前の車は弟が乗っています。Macは仕事に必要とかで年末に買ったのですが、あれはいいですね。まっくんと呼んでいます。あと、ダイニングテーブルからちゃぶ台に替えたり、けっこう1年間で生活スタイルを変える買い物をしたかもしれません。

堂々の8位 白髪が増えた
もう、それまでとは比べものにならないくらい増えているのです。それでも、人は年をとるものだ、と自分に言い聞かせて、あるがままを受け止めています。と、ここに書くくらいにはショックを受けております。

あえて9位 手話検定4級合格
2010年は合宿にも参加しましたし、手話まつりも行きましたし、手話が確実に自分の生活に重要な位置を占めかけているようです。だいたい、仕事→ネット更新→京都→手話ぐらいの位置づけでしょうか。次は3級めざしてがんばるはずです。

 以上、約十大ニュースをとりあげてみました。こんな年だったんだ、私の2010年は。

今年の今年の抱負

 さて、あらためまして、今年の「今年の抱負」です。友だちの家での新年会で、だらだらと喋ってる時には全く思いつかなかった今年の抱負。「明日からダイエット」なんて、「今年の抱負」としてはパンチが弱すぎます。なんか、イイ切り口がないものか。
 さて、私は今、何をいちばんやりたいのだろう。達成したいことはなんだろう。
 まずは、京都検定の1級に合格したい。何年も何年も秋から冬にかけて勉強ばっかりしていたくない。もう受かっちゃって楽しく観光したい。それから手話もそれなりに続けていきたい。ちゃんと講座を受けてないから微妙な実力だけど、それなりに「やってるんだぞ」と言えるくらいになりたい。あと、仕事関連の勉強もしたい……気もする。勉強会とか講習会とかもたくさんあるようなので、それらに参加してみるのもいいかもしれない、と思わないでもない。
 一方で、2010年は古くからの友人や新しいお友だち、たくさんのお友だちと遊んでもらって楽しい一年でありました。これはよかった。ひとりではこんなに楽しくないはず。ああ、いいお友だちに恵まれました。サンキュー、マイフレンド。この流れを今年も続けたい。

 よし、決まった。今年の今年の抱負は…

「よく学び、よく遊ぶ」

これにします。副題(?)として
~よく動きよく働き、よく読みよく書き、やっぱりよく片付けられるように~
とでもいれましょうか。長いけど。
 よく学び、よく遊ぶ。いい言葉じゃないですか。端的で。すべてが勉強、すべてが遊び。楽しく学び、真面目に遊ぶ。本もたくさん読んで、ブログもサイトもしっかり更新する。今年は最低週1回の更新作業を課題としたいと思います。あ、毎週1回は更新する、ということではありませんので。
 そして、やっぱり仕事と家事。何だかんだでこれが基本なんだから、人並みに働いて、人並みに片付けられるよう。今年も口だけかもしれませんが、宣言しておきます。「家をきれいに!」

 なんとか、今年の抱負も制定できました。こんなペースですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(2011/1/25)

1月もどちらかと言えば終わりの方が近くなりましたが、1年で見ればまだまだ初めの方です。
そんな年の初めには、昨年のまとめと今年の抱負を作文に書くのがよいのです。
よいのです、と言いつつ、2006年以来5年ぶりです。
題して、
「2010年だいたい十大ニュースと2011年の今年の抱負」
です。
すべてにおいてアバウトな感じがただよっていますね。

最近、「今年の抱負 作文」とかいうキーワードで訪問される方が増えているようです。
宿題でも残っているのでしょうか。
もちろん、当館にあるのは宿題に使っていただける類の作文ではないので、せいぜいがっかりしてください。
宿題出さなくても大人にはなれるのです。でも、出さないで大人になった者としては、ちゃんと自分の力でやりとげて宿題を出しといた方がよいようだよ、とアドバイスしておきます。

さー、今年もがんばるぞー。

 みなさん、こんにちは。ご無沙汰しております。ご機嫌いかがでしょうか。落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。

 あいさつ、というのは短い言葉の中にいろんなエッセンスが凝縮されているように思います。私はこのあいさつがいろいろ気になっている一人であり、また、クールでスマートに使いこなしたいと気にし続けている者でもあります。

 まずひとつは、TPOに応じたあいさつをきちんと選びたい、ということです。
 たとえば“すみません症候群”とでも言いましょうか。「ありがとう」と言うべきところで「すみません」は使う方がけっこういらっしゃいまして、それについて、うーんどうかなぁ……、と思うのです。すまないは申し訳ない、謝る気持ちであって、「ありがとう」の感謝の気持ちとは違うと思うんです(といいつつ“感謝”“謝罪”と同じ“謝”の字を使うんですよね。この話は機会があればまた)。私としては、誰かに何かをしてもらった時には「ありがとう」、自分が何かしだかした時には「すみません」…という使い分けがいいのかなぁと思っております。
 「すみません、ちょっとよろしいですか」みたいな「すみません」の用法もありますね。この場合には私は「失礼します」と声をかけるようにしています。悪いことをしているわけでもしたわけでもないのだから「すみません」と謝るより、「失礼します」の方がいいと思っているのです。
 そんな感じで、私は私のルールで、かける言葉を選んでいます。

 それから、もうひとつ気になっていることを。
 お店などに行った時によく見かけて、なおかつ気にかかって(気に障って?)仕方ないのですが、“やまびこあいさつ”などと呼ばれる声かけ。客が入店したのを見かけた店員が「いらっしゃいませーー!!」「いらっしゃいませこんにちはーーー!!!」などとあいさつをします。するとその声を聞いた別の店員がまた「いらっしゃいませーー!!」と声をあげる。これを店員全員がやるので、お店のいたるところから「いらっしゃいませーー!!」が聞こえることとなるのです。静かであった店内に「いらっしゃいませ」がこだまするのです。
 店側の意図もわからないではありません。元気よく活気あふれる店づくりの一環なのかな、と。暗~くぼそっと「いらっしゃいませ……」と言われるよりは、あるいは無言でいられるよりは、はるかに爽やかであることは確かです。また、このあいさつは万引き防止の効果もあるとも聞きます。
 けれどけれど、店内に入り、何人もの遠いところの人があいさつするのは、あいさつされる側として何だかすっきりしないのです。店に入ってしばらくすると、近くにいる店員が突如(どこかの声に反応して)「いらっしゃいませーー!!」と声をはりあげるのでびっくりすることもあります。もっと言うと、商品の棚出しをしながらどこかの「いらっしゃいませーー!!」に反応して、顔も動かさず(客の方を見るわけでもなく商品・棚を向いたまま)「いらっしゃいませーー!!」と言っていることも、よく見かけます。正直に言うと、気分がよくない。これでは“いらっしゃいませ・こだまマシーン”ではないですか。あいさつは“心の表れ”なのですから。(店の規模や雰囲気に合わせつつ)さわやかに、できれば上品に、スマートに、ていねいに、お客さまを向いて、おこなってほしいものです。し、おこないたいものです。

 さて、変わって別の話。「ありがとう」の話です。
 ある時、テレビを見ていたら、こんなことを言っていました。大阪(関西)では、バスを降りるときに、お客の側が(も)「ありがとう」と言うのだ――と。番組では驚きをもって伝えていたのですが、私としてはそっちの方がフツウだと思っていました。
 今住む京都でも、地元でもそれが当然でした(もちろん言わない人もいるのですが)。少なくともバス通学していた頃、小学生たちがみんなお行儀よくありがとうと言っていたのを覚えていて、年上である私の方が見習おうとしていた記憶があります。また、買い物をしていても、お店の人とお客の双方が「ありがとう」と言っているのをよく見聞きします。お店の人が言うのはもちろんだけれども、お客の側も「商品をくれてありがとう」「サービスしてくれてありがとう」と言うのです。これが不思議だと言われるのが、むしろ不思議です。またたとえば図書館で、本を借りたり返したりする時に、図書館職員も利用者も「ありがとう」と言うのは「おかしい」と主張する人もいます。
 こういった話を「おかしい」と思う人は「ありがとう」を支払われた対価に対してしか使わないものだと思っているようなのです。それは少しさみしい気がします。

 そういえば、「いただきます」「ごちそうさま」についても同じような話を聞いたことがあります。学校給食で、言わない子がいるらしいのです。というより、親が子に、学校で「いただきます」「ごちそうさま」を言わないように教育しているそうなのです。「学校が給食を出すのは当然だから」「こちらが給食費を払っているのだから」言わなくてよい、と教え、教師にも自分の子には言わせないようにと言っているらしいのです。
 まぁもちろん、いろんな考えがあっていいんだし、それを言っていればよい子に育つ、いい大人になる……なんて単純なものでもないでしょうし。とはいえ、何とも言い難い気分になります。
 ただ、日本人は、お金を払わない相手にも「ありがとう」を言ってきたし、作ってくれた人だけでなく目の前にある食物を「命」と見、感謝をこめて「いただきます」「ごちそうさま」を言える民族性ではなかったかと思います。日本人は、とか民族性だとか、えらそうなこと言いましたが、「ありがとう」「いただきます」「ごちそうさま」を、すっと言えるのはいいことだと、私は思っているということです。

 形だけのあいさつをするのもどうかと思うのですが、形から入って意味を知って、心がともなってくることだってあると思います。
 とにもかくにも 心あるごあいさつ、していきたいと思う今日この頃です。

 ご無沙汰しています。お元気ですか? お越しいただきましてありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

(2010/10/5)

みなさま、お久しぶりです。
実は本日、ブログおよびサイトを再開いたしました。

再開記念作文といたしまして「ごあいさつ」を書きましたので、どうぞご笑覧ください。

どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

2009年末~2010年ぐらいの表紙の顔。

51.サンタ?
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 赤い服に赤い帽子をかぶせれば、サンタになるという実験的キャラクターの証拠か。2009年12月~

52.あけましておめでとうございます。
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鞍馬寺の狛虎。神々しい。でも、登るのはたいへんでした。2010年1月1日~、どうやらトップページだけは正月に更新できていたらしい。

53.How many cats?
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おそらく、2010年2月22日~猫の日掲載。神戸・六甲山か、京都・将軍塚か…。どちらも猫がたくさんいたように思う。

54.メリシャカ!
054-zou
おそらく、2010年4月頃~、花まつり(お釈迦さまの誕生日)記念。清凉寺(嵯峨釈迦堂)の花まつりかと。

55.ヤモさんだよ!
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自宅壁面。帰宅を迎えてくれる。「明日もまた、来てくれるかな?」「いいとも~!」…2010年6月15日~?

(2010/9/15)

 

 ちょっと、インターネットに文章を書く、ということについて考えてみた。考えてみた、って言っているけれど、ずっと前から考えていたことでもある。

 。まさにこの今。私がこの文章を書いているのは、2010年8月だけど、あなたがこの文章を読んでいるのは少なくとも2010年10月以降のことであると思う。たまたま書いているこの時期と更新予定時期にブランクが空くからそのようになっているだけ。……のようでもあるが、本来、文章を「書く」というのは、未来にむけて残すことであり、「読む」ほうは常に過去の文章を読むことになっている。たとえば、本を書いた人は(そんなつもりがなくっても)「未来」の読者に向けて書いているわけだし、読むほうは「過去」に書かれた文章しか読めないのである。

 インターネットの出現により、このタイムラグがどんどん短くなってきている。……そんな気がしていた。また、新鮮な情報がすぐ手に入ることこそが、インターネットのいいところだ、と思っていた。

 「今」書いたものをすごく近い「未来」、ほぼ「今」読んでもらえる……。その錯覚のせいで、新しい情報、新しい文章をどんどん書かなければならない心持にもなっていた。少し前に考えていたことはもう「古い」情報であり、古いということは「必要とされない」気がしていた。特に、サイトだけでなくブログを始め、twitter まで利用している今となって、その思いが強くなってきてしまっている。twitter なんか、「今」書いたことを「今」読まれる、という感覚がものすごく強い。だから、たとえば「昨日」のことなんて古くて「今さら」書けないような気がしてしまってた。

 でもホントは、そんなことはないのである。そもそも、私がいつ考えていたことか、なんて読むほうにはわからないし。どんなに書いたことがすぐ読まれるようになっても、インターネット上に残っていたらずーっと後になって読まれることだってあるんだし。どれだけ旬の話題をとりあげても、予想もしない未来に(思いがけず過去の)文章が読まれることがある。し、それがむしろフツーのはずだ。じゃあ、私が感じていた「今さら感」なんて取るに足らないこと、でしょう。

 よし、気が楽になった。そもそも、この文章自体がずいぶん前からぼんやり考えていたことで、私にとっての「今さら」だったのだけど、気にしても仕方ないもん。これからも「何を今さら……」と思われるようなこと、たくさん書いていきたいと思います。私も気にしないのでどうぞお気になさらずに。

 
(2010/8/31)

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