ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

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カテゴリ:いつものぶつぶつ > 東日本大震災

「あの11日」から、9回めの11日。
未だ癒えない悲しみや辛さ、先の見えない困難さ、いろいろあります。
こんな遠いところから、私ごときが何を言うんだ、という感じかもしれませんが。

そんな中で「いい字の日」12月12日、今年の漢字が「絆」に決まりました。
「絆」だなんてちゃんちゃらおかしい、というような意見もありますが、それすらも「絆」の大切さを感じている、ということの裏返しではないのでしょうか。
それに、みんながみんな、忘れてるわけじゃない。思いやれないわけじゃない。
京都のフツウのおばちゃんたちとお話してて、みんなけっこうちゃんと考えているのね(失礼)、と思いました。
みんながそれぞれいろいろ考えてて、ネットで見られる意見ばっかりじゃなくって、意外にデマにも流されず、落ち着いて気持ちを向けている、……そんな印象でした。さすが年の功、かな。

被災された方々の気持ちが、よその奴らにわかるわけない、と言われたらその通り。
「私の気持ちなんて誰にもわからない」?
そりゃあ、誰にも他の人の気持ちなんてわからないんだから。
でも、だから、わからないから、「わかろうとする」んだと思うんです。私はそう思っています。いつもね。

今、東北では「自立支援」「復興支援」ということで物資の支援をあまり受けなくなってきているそうです。無料でモノを配る支援は、地元の経済を阻害する、自立復興を妨げる、という理由だそうです。
一方で、仮設住宅に入れない自宅避難の方々には、物資がまわらないそうです。さらには、「家があるのになぜもらいに来るの」という周りの目があるそうです。
いろんな問題や課題が山積で、それこそ私ごときではなにもできない。
でも、そこを考えていたら動けない。大きな問題は専門家に任せよう。政治家に行政にがんばってもらおう。批判や指摘はいいと思うけど、揚げ足とって邪魔しないようにしたい。
小さなことしかできないなら小さなことをしよう。
3月にも思ってたことを、今もやろう。
3月にたくさん募金した人、今はもうしてない? ちょっとずつでもいいからやってみる? →「おつり募金」
荷物はクロネコヤマトで出す。→「宅急便ひとつに、希望をひとつ入れて」
毛糸や手芸用品を送って、現地ワークショップの支援。→たくさんあってどれを紹介してよいのやら。
私は主にTwit for Youを使って、ナニかをしています。
周りに協力を頼むこともあるけれど、基本は個人だからちいさくしか動けなくて……。
今は、かわいい元気の出るグッズ(あったか品や日用品など)を集めて送ろうかと思っています。
ご賛同ご協力ご激励いただける方がいてくださるとうれしいです。でも、ひとりでもやる。


どうしても、センセーショナルでネガティブな話題や物言いの方が広がりやすいようです。
「光の方向を向いていよう」 と、ほぼ日のイトイさんが言ってます。
いい言葉だなぁ、と思って、私も光の方向を、温かい方向を向きたいなぁと思います。
「がんばろう」や「絆」が薄っぺらいと思われているのなら、そう思われないようにしたらいいと思う。 そんな今日この頃です。

カッコよく言えば、「ブレスレットとマクロビ」でもいいと思う。
でも、敢えて「念珠と精進」で……。

アノ3月11日から、4か月。
忘れることなんてできないけれど、最初の気持ちを持ち続けるのが難しくなっていくのも、悲しいかな事実だと思う。
それで、これまでにも書いた支援面以外でやっていることが、「念珠」と「精進」。

それまでも時々つけていた念珠(=数珠)を、毎日つけるようにしました。言うなれば喪章代わりです。 チャリティマッチの時に、サッカー選手がつけていたように。ゴールを決めて、喪章をかざすような場面は私にはないけれども。
でも、いつも見える場所につけて、常に「なぜつけているか」を心に留め置こうと思ったのです。

「精進」は思いついたのが先月なので、まだ2回めです。
毎月11日(か前後の日)に、動物を食べない=精進をしよう、と決めました。
そもそもは毎月5日のおばあちゃんの月命日にやっていた(時々忘れていた)のですが、あまりに多くの人の命が失われた11日も、同じように追悼の日、思い出す日、という意味で精進の日にすることにしました。
精進にしたからって何になるの、と思いもありますが、命を見つめる日、ということで自分の中では納得しています。(自分で決めたことに納得も何もないのですが)
できればちゃんと習慣化して、長く長く続けていこうと思います。

思いを、心を、寄り添わせること。
物的な支援もですが、こちらも大事…そして難しい。そう思う4か月めの今日、7月11日でした。

ひとつ前の記事の続きみたいなものですが、このブログに震災支援関係のリンク集を作りました。右カラムの「応援・支援」のところです。
随時、気づいた時に増やしていこうと思います。
まずは忘れずにいること。そして何らかの支援を続けていきたいと思います。

私がひとりできることなんて何もない、に等しいのですが、集まればそれなりの力になるのでは、ということで書きたいと思います。
よければ、一緒に。

また、何かしら情報がありましたらお知らせください。

自分の参加した震災支援、ずっと書こうかどうか迷っていました。 なんとなく、自分から寄付金の額を公表することのような気がして。でもまぁこのブログもどうせ自分の記録であることだし、この時期にどう行動したか残しておきたいと思って、記しておこうと。 16年前、1995年1月17日、関西に来て1年経たないうちに阪神・淡路大震災が起こりました。大きく揺れたこと、寮の電話が鳴りっぱなしだったこと、寮のみんなといろいろしゃべったこと、友人がボランティアに参加したこと、神戸の友人の家に遊びにいく計画はもちろんぽしゃったこと(連絡さえつかなかった)、山陰線回りの夜行列車に乗って九州まで帰ったこと、……いろいろ思い出せるようでいて、意外と覚えていることが少ないのです。 実家に帰って、私は何をしていたのだろう。ぼんやり過ごしていただけなのかな。今思うと、そんなにヒマだったらボランティアに参加してたらよかったんだろうなぁ。 前置きはおいといて、メモ(4/27時点)。 【実行済み/継続中】 ・義援金(職場から、イベントから、町内会から、通販生活から、など) 忘れないように、小分けにして、毎月どこからか出したい。 ・物資支援(環境共育事務所カラーズさん経由) 周りの人に声をかけて、京町家さいりん館室町二条に物資を持っていきました。私が出したのは、非常用ご飯、タオル、簡易トイレなど。友人からは水と生理用品と歯ブラシなどを託されました。 ・購入支援(福島から農産物購入) JA新ふくしまから野菜等(がんばるぱっく)購入。こんなことで支援になるのなら、いくらでも。 【検討中/これから】 ・化粧と花の支援プロジェクト ご遺体に添える花を折り紙で。その他、化粧品などの支援。 折り紙はユリを折ろうとしているけれど難しい。みんなでたくさん折って送りたいと思って周りに紹介はしたけれど……。ひとまず時間があまりない。ウェットティッシュとかがあるから送ろう。 ・被災地に絵本やマンガ、文庫を送ろう たくさん窓口がありすぎて、どこに送ろうとか迷っている場合じゃない。どこでもいいから持って行ったらいいのよね。まずは大垣書店にでも。 【できなかったこと/できてないこと】 ・被災地の子どもたちに贈るスクールバッグ 作るのへたくそなので、周りに紹介のみ。手芸が得意な友人が作ってくれた…と思う。 ・被災地へ行く。 GWというものがないから難しいかなぁ。でも、やりくりすれば1週間ぐらい休めるだろうし、私がいなきゃ困る仕事なんてひとっつもないし。あとは度胸、か? 16年前との違いはネットの情報。 ネットがデマを流してる、なんて言うけれど、デマを流すのは人ですよ。ネットじゃなくても口コミで伝わってるんだから。ネットだと広く速く伝わるかもしれないけれど。 いい情報もいっぱい伝わってきます。 私が教えてもらったことを、私も周囲の人たちに(ウザイくらいに)伝えていきたいです。たぶんすでに職場でうっとうしがられてる……。 偽善、と呼ぶなら呼べばいい。私は前から言ってたじゃないか。わざわざ悪ぶって悪いことするくらいなら、偽善でいいって。 ということで、偽善者ぶったブログ、これからも続けます。

東日本大震災の被災者 京に到着 安堵の表情見せる(京都新聞)

このニュースを目にしたとき、

ああ、京都府庁には「容保(かたもり)桜」があるじゃないか――

と思いました。

関西広域連合、というのがあって、加盟している府県は今回の東日本大震災に際し、それぞれ担当する県を決めて支援に当たっています。京都は福島県。
いろんな支援の動きがありますが、そのひとつが府職員を乗せたバスが京都に帰ってくるときに被災地から避難する人を乗せて戻る、というもの。

さて、京都府庁旧本館中庭、というのは意外にもちょっとした桜スポットとなっております。府庁のクラシカルな建物と相まって、なかなかの景色が見られます。また、重要文化財となっている建物自体も入れますし、そこから見下ろす桜も見事です。

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そして、この京都府庁の敷地にはかつて京都守護職の屋敷があり、幕末の会津藩主の名をとった「容保桜」なる山桜もあるとのこと。(写真手前の白い桜。)

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会津=福島県、ではないけれど、かつてこの地には京都を守護するために会津からやってきた人たちがおり、今この事態に至っては福島を支援するために京都から向かい、そして福島県から京都に避難されてきた方々が――。
この奇妙な偶然…因縁を何といったらよいのだろうか。

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……今昔の京都を見続けた場所に、この様な桜が偶然とは言えあるのが面白い。……

容保桜の説明板にはこのようにある。京都府庁に着いた福島の方は、どのようにこの桜を見られたのだろうか。

現地での避難生活は計り知れないほどのものだと思う。また一方で住み慣れた土地を離れることに対する気持ちも他人に推し量れるものではなかろう。
悲しいかな、みんながみんな諸手をあげて歓迎する、ということにはならないかもしれない。心ないことを言う人があるようにも聞く。
それでも、支えたい、という思いで動く人もたくさんいる。少なくとも私の周りでは。

京都に花見に行くんだ、ぐらいの気持ちで来てもらってもいいんじゃないかと思う。私は、ね。ゆっくり桜を見て、元気になってから、戻るなり何なり次の動きを考えればいいのでは、と。
「がんばろう日本」って言うけれど、今がんばるのは被災者の方々ではなく、我々の方。今はゆっくり休んでもいいと思う。
あ、がんばることを否定しているわけではないです。がんばりたい時にがんばりたい人がそれぞれの方法でがんばればいい。日本がみんなして「がんばろう」を押しつけないようにしないと。
……なんて思うのです。私もそれをやってるかもしれないけれど。

桜の季節が終わっても、何らかの形で支援・応援を続けていきたいと思う。そんな花見でした。

被災地ではなかなか電気(含むライフライン)が復旧せず使えない日が続き、一方、関東地方では「計画停電」の実施により、今まで通りには電気が使えない。
そのどちらにもいない私が、今それらについて何も言えないのだけれど、エコロジー症候群に罹っているひとりとして、私が計画停電の対象地域にいるとして考えてみた。

そもそも、私たちの生活にはなんと電気がいっぱい使われているのだろう。
「たった」3時間の停電、なんて言えない。
わが家の炊飯器はガス炊飯器だけれど、でも「電気がなくても炊ける炊飯器」というわけではない。ピ、とスイッチを押さなきゃガスも出てこない。
お風呂だってガス給湯器だけれど、「電気がなくても沸かせるお風呂」ではない。これまた、ピ、と押さなきゃお湯が出ない。
普段ひとりで家にいる時にあんまりエアコンを使わないようにはしているけれど、それでも寒いと思った時にスイッチを入れることができる。
テレビも見られなきゃ、その見られない時間に見たい番組があったとして当然ながら録画もできない。
パソコンだって使えない(ノートPCを充電していたとしてルータの電源が落ちる)し……。
娯楽がないなら本でも読もうか、といっても夜になって灯りがなければ本も読めない。
好きな音楽を聴くのにも、電気がいる。

……こうやって考えると、仕事中の3時間としても、家にいる3時間だとしても、電気なしではなかなかに難しい。

節電がうまくいって需要が供給を下回れば停電はなし、とのこと。
それなら今以上に節電してやろうじゃないか、というのが私なりの節電。
そのうちのひとつの方法は、誰かと一緒にいる、ということ。
友だちと交代で家に泊まり合う。
ひとり分、ふたり分のご飯を炊くより、3人分、4人分をいっぺんに炊いておく方が電気は使わない(はず)
別々に生活していたら部屋の灯りがたくさんいるけれど、一緒にいれば少なく済む。
懐中電灯だって、ろうそくだって、節約できる。
洗濯だってお風呂だって、一緒にやろうか。
そして何もすることがなければお話する。
意見が同じなら安心する。意見が違うなら幅が広くなったと思えばいい。
いつもより早く寝て、いつもより早く起きて、明るいうちにいろいろやろう。

……そんな風に考えました。
もちろん、こうするべきだ、なんて思っていないし、できるかどうかもわからない。
関係ない地域の人がちゃんちゃらおかしい話、かもしれないけれど、関係ない地域だとは思いたくない。
だから、まずは考えるところから始めてみました。

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