ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

たとえアイコンがうさぎになろうとも、ヒト型ネコはゆずらないっ!
ごはんおかわり! お茶も!
あ、ぶぶ漬けでもどうですか?

カテゴリ:旧HP記事 > 作文室

唐突ですが、当「きよこ館」が開設5周年を迎えましたので、これを機に読者アンケートをとってみたいと思います。そしてそれを何とか有効に活用したいと考えております。お気に召すまで、何度でもお答えいただいてけっこうです。それでは、よろしくどうぞ。


あなたの性別は? それ以外

年齢は?(別に詐称してもかまいません)

何者ですか?(いちばん近いものをお選びください)

今日のご来館は初めてですか? 何回目ぐらい?
初めて 2回目 3回目以降 つか、常連

そもそも、どうやってこのサイトきよこ館、あるいはブログぶつぶつノート乙に辿り着きましたか?
リンクを辿って(ちなみにどこから?)
検索して(ちなみにキーワードは?)
友人・知人からの紹介 本人(きよこ)にムリヤリ教えられた
雑誌や新聞の記事で見た 頭の中が真っ白になって…
そんな昔のことは覚えていない

主にどっちのお客様でしょうか?
サイト「きよこ館」 ブログ「ぶつぶつノート乙」 つか、今日が初めてだし

当館についてどう思われますか? 近いものをお選び下さい。
好き 嫌い おもしろい すっげーつまんねー 何がしたいかわからない 何も言えねえ

そうですか…。
今後のために厳しい意見をちょうだいしたいと思います。
もっと更新を テーマの統一性がない 文章がヘタ 若々しさがない
センスがない うざい てゆうかぁ、おもんないしぃ 大っ嫌い
憎らしい その他

もしよろしければ、やる気の出るような優しいご意見もいただけませんか?
おもしろい 文章がいい 誤字脱字が少ない 目のつけどころがいい
まじリスペクト このままでいい 全て許せる 愛してる
その他

気に入っておられるコーナーとかはございますか?
作文系 日記・つぶやき系 京都系 読書感想文系 KAN系
特にない系 どれも好きじゃない系 その他系

印象に残っている作品、記事等はありますか?
そんなものがあるわけがない
ある…かな (正確なタイトルでなくてもかまいません)

何かご質問はありませんか?

ご自由にどうぞ。

ところで、あなたはサイトやブログはお持ちですか?
なし あり

お持ちの方はよろしければお教えいただけませんか?
(名称) (URL)

この際、相互リンクさせていただいたりとかは……?
だから持ってないって。 やだね。 いいよ。
リンクしてやるだけなら… そっち(当館)からリンクするだけなら…

では、お名前をお伺いしてもよろしいですか?(ハンドルネーム可)
お名前(かハンドルネーム)(必須)
よろしければメールアドレスも…(必須)

以上で、アンケートは終了です。ご協力いただいたみなさまに、抽選でプレゼントがあるかもしれません。最後にご希望の賞品を選んでから、半信半疑で送信ボタンを押してください。なお、当選された方には、メールでご連絡する予定です。どれが何人に当たるかはまだ決めてません。

さあ、それでは、ポチッと。

以上です。ありがとうございました。

(2008/10/5)

※お詫び
2008年10月5日のアップから10月7日午前10時頃までに回答を送信された方へ。
当方の手違いがありまして受信できておりません。いらっしゃいましたら、申告がてら再度回答いただきましたら、幸いに存じます。もちろん、愛想つかされても文句はないです。

2008年10月7日 大バカ者・きよこ

追記
アンケートの回答が当方に届きましたら、メールを送ることにしました。10月9日までに届いた分にはすでに返信しております。受信したらできるだけ早く返信するようにしますが、回答して数日経つのにきよこからメールが来ない、という方はよかったらご連絡ください。
今のところ、テスト送信はうまくいっているので、単に回答が少ないだけ…なんですよね?

2008年10月10日 何かうまくいかない・きよこ

追々記
2008年11月5日をもちまして、受付を終了しました。が、送信していただいたらきよこの元に届きますので、送っていただいても全く問題はありません。集計の結果に反映されないことと、プレゼントの抽選がないことをご理解いただいたうえで、よかったらいつでもポチッと送信してみてください。

2008年11月8日 きよこ

 ずいぶん、予想とは違っていた。
 だいぶ前からわかっていたことだった。だから、大丈夫だと思っていた。こらえきれると。でも、次から次へとあふれてくる涙を止めることはできなかった。

 蒸し暑い夏の休日の朝、めずらしく携帯電話が鳴った。鳴った瞬間に用件がわかった。携帯電話のディスプレイは父を表示していた。
「さっき、おばあちゃんが、終わりました。」
父らしい伝え方だと思った。
どんな様子だったかとか、それからの動きについて話したはずだが、あまり覚えていない。
 暑い暑い8月の朝、祖母が亡くなった。老衰、数え93歳。

 最後に会ったのは昨年(2006年)5月、GWに帰省したときだった。かろうじてわかっただろうか。
 元気な祖母と話をしたのは、もう1年半以上前、2005年6月、私の結納の時が最後だった。挙式の日だと思いこんでいたようで、「私まで呼んでくれてありがとう」という意味のことを何度も言っていた。「ばあちゃん、まだ先よ」と笑いながら言ったものだった。その後、実家近くの病院に入院し(それまでにも何度か入退院を繰り返していたが)、そのまま家に戻ることはなかった。

 もう何年も何年も私が帰省するたびに、同じことを繰り返して言っていた。
「あんたの結婚祝いば5万円、もうお母さんに預けてあっけんね」
本当に何年も何年も、利子がつくほどに待たせたようだった(まぁ、弟にも同じことを言ってはいたが)。そういえば、まだ知らせてもいない(どころか本人たちも決めていない)時に「お式はいつね?」と言っていた。2人で初めてうちの実家に挨拶に行った時、――その時祖母は入院しており、どうやって説明しようか、わかるだろうかと思っていたのに、顔を見るなり手をとって「ほんに、よかったよかった」と涙ながらに言ってくれた。そして顔を見ただけで「ほんによか人と巡りおうて……」と言っていた。おばあちゃんにかかれば、全世界の人が「ほんによか人」になると思うが。

 そのおばあちゃんが、誰よりも「ほんによか人」だった。10人に聞いて13人ぐらいが「やさしい、いい人だった」と答えるくらいに、誰に対してもやさしい、おだやかな人だった。無条件に人を誉める人だった。
 私の気性からしたら意外に思われるかもしれないが、それもそのはず祖母は父の養母であり、私(たち家族)との血のつながりはない。おばあちゃんのやさしい心持ちが血としては受け継がれてないのは少し悲しい気もする。

 「おばあちゃんがお父さんのお母さんでない」ことを知ったのは確か、中学生の頃だったと思う。別に隠されていたわけではなく、たぶんそれまで理解していなかっただけだと思う。少し複雑な思いはあったが、それはそれなりに受け入れられた。「おばあちゃんは本当のおばあちゃんでない」と思ったこともあったし、「私にとってのおばあちゃんはただ1人」と思っていたこともあったが、今では「おばあちゃんが3人いた」と普通に考えられる。父を生んだ人も、父を育てた人も、母を生み育てた人も、私と一緒に過ごしたことがあろうがなかろうが、みーんな「おばあちゃん」であり、大事な存在である。

 思えば大変な人生だったと思う。大正の初めに生まれ、その割にハイカラな名前のおばあちゃん。父の母は父が中学生ぐらいの頃に亡くなったと聞く。その後祖父の後妻として嫁いできているのだが、いきなり6人の子どもの母親になるのだ。しかも1ばん上の子と自分は10歳ほどしか年が変わらない。上2人はすでに嫁いでいたという。この辺の事情はおばあちゃんが亡くなったときにぽつぽつと聞いたことであった。私にはおばあちゃんだったけど、父や伯母・叔母からしたら母なんだと改めて思った。当たり前のことなんだけど。

 そう、当たり前のことなんだけど、なかなか思い至らなかったことだった。6人の子の母で、15人(たぶん)の祖母で、22人ぐらいの曾祖母で、おそらく2人にとっての高祖母だった。私だけのおばあちゃんではなかった。父や伯母・叔母たちからしたら、母を2度亡くしたのだ。あの悲しみを2度味わうのは悲しいことだろう。それでも、私の家族はきっと2人の母と出会えたことを喜んでいる人たちだと思う。何よりウチのおばあちゃんが口癖のように「この家に来てよかった。ご縁があってよかった」と言っていた人だった。
 おばあちゃんの遺体に対面したとき、大丈夫だと思っていたのにぼろぼろと涙が出てきた。その時近くにいた一番上の伯母が「そぎゃんね、そぎゃんね。わかっとったって悲しかね」と言っていた。
 葬儀の後だったか、一番下の叔母は、「新しいお母さん」が来る時にかなりの抵抗があったと漏らしていた。多感な中学生ぐらいのことだったと聞いた。
 おばさんたちは、私と同じあの家に生まれ育ち、そして出ていった、私と同じ立場にいた人だったんだな、とふと思った。いわば私の先輩。そう思ったとき、おばたちが、急に近く感じたような気がした。

 私の中に、おばあちゃんの思い出はたくさんたくさん残っている。おばあちゃんに私は残っていただろうか。
 2005年11月、地元で結婚の披露をした。その日の朝、仕度をして黒の引き振り袖を着て角隠しをかぶり、歩いておばあちゃんの病院に会いに行った。おばあちゃんは手を合わせ、声にならないような声で「ありがとう」と何度も言った。私の方こそ、今までありがとう、おばあちゃん。そう言いたかったけど、言葉にはなってなかった。涙があふれていた。両親にも、おばあちゃんに会う機会をくれてありがとう、と言わなければならなかったが、ちゃんと言ったかどうか、どさくさに紛れて実は覚えていない。
 この数年の間の私は、いつ会う時も「これが最後かもしれない」という思いでいた。この後、会ったのは1度だけだった。

「人間は2度死ぬ」
この言葉は高校か大学の先生から聞いたんだと思う。1度目は、肉体としての死。しかし、人々の記憶の中で生き続けている。そして、亡くなった人のことを覚えている人がいなくなった時、2度目の死を迎えるのだと。
――おばあちゃんは、私の中にまだ生きている。

 おばあちゃんの孫に生まれて来られてよかった。そう思う。そして、いつか、私もおばあちゃんみたいなおばあちゃんになりたい。そう思う今日この頃である。

(2007/1/5)

 ずいぶん遅くなりました。みなさん、あけましておめでとうございます。えー、年末には1年を振り返って10大ニュースを特集したり、年始には今年の抱負や展望を述べたり…、日本にはそういう美しい風習がありますね。そして、ここもいつまでも更新しないわけにもいかないので、それくらいは私もやっておこうと思ったのです。昨年はニュースを10個選ぶのに苦労したので、今年はラジオ風にだらだらとしゃべりたいと思います(イメージ)
 ではまず、1曲目。曲は京都市のきよこさんからのリクエストで、KANの「Song of Love(英語版) ~君こそ我が行くべき人生~」です。どうぞ。

結婚ですね。できちゃいました。あ、結婚がですよ。いろいろ忙しかったし、疲れたけど、いろんな人の支えがあって何とかできました。結婚「式」もですけど、「結婚」そのものもですね。ホント、ありがたいですよねぇ。自分がここにこうやっていられることが「有難し」ですね。感動、そして感謝です。
 それからねぇ、私は別に「しない」と言っていたわけでもないのに、何となく「しない」派(あるいは「できない」派?)に分類されていた向きがあったみたいですからね。驚かれた方も多かったみたいです。そういえばこんなメールも来ましたね。紹介します。「おめでとう!!…(中略)…でも、相手いないって言ってなかったっけ?…(以下略)」…。これねぇ、「いる」とも言ってなかったが「いない」とも言ってなかったと思うなぁ。まぁ、驚かしたかったんですけどね。1年間、いや、もっと長かったかな、言動には伏線張りまくってましたから(ま、いろいろ読み返してください、思い返してください)
 驚かすといえば、披露宴やら何やら。サプライズ好きなもんですから、いろんな人を驚かそうと動きましたわ。「プロジェクトD」も評判よかったし。でも、結局いちばん驚いたのは自分が泣いたことかも。いやぁー、ほんま、あのバケツには参ったなぁ。

 そのほかには、大したニュースもなかったかな。結婚後、体調崩しまくりとか? 風邪は治ったような治らないような状態が続いているし、歯は詰め物が2度も取れるし、目は二度も炎症起こすし、雪降る空を見ていてこけて捻挫するし。ってそれは体調じゃないか。

 とにかく、結婚したことによって2005年前半のことはすっかり忘却のかなたです。ムリヤリ思い出すと、いろいろありますけどね。え?あ、そう。…じゃあ、順番にふりかぶってみましょうか。註:「ふりかぶる」はKAN語です。

【1月~3月】
 えーと、何があったかな。あ、3月に久々のライブがありましたね。KANさんの「弾き語りばったり#1」に行きました。それから、「3月うなじ」を開催しましたね。つまり福岡・佐賀の地震も去年のことだったんですね。え、ホント?
 この頃、お互いの家にご挨拶に行ったり、じわじわと準備を始めました。でも、まだまだ実感なくゆったりとしていた気もします。

【4月~6月】
 2005年は花見をたくさんしましたねぇ。この頃はまだ更新しようという意識がありました。そうそう、「さくら探偵団」の時、実は母親から結納か何かについての相談メールが携帯に来ました。まさかすぐそばでそんなことしてたなんて、一緒にいたお二人もびっくりでしょう。
 そいで、ゴールデン・ウィークには大原に行ったり、神戸に行ったり、案外のんびりしたこともしていました。でもどこもかしこも人が多かったです。ホントはねぇ、大原行ったときのレポートも書きかけていたんですけどねぇ…。…できませんでした。でも、サイトの更新は少なくなっていったけれど、kimurakan.comがスタートし、リンクができたことでサイト開設の目的の1つが達成されましたね。って、それが目的だったのか!ってね。
 えー、そしてそんな中、5月に両家顔合わせ、6月に結納、と否応なく準備が進んでいったのでした。いやいや、別にいやだったわけじゃないけどね。

【7月~9月】
 この頃から、外出といえばほとんど家探しか会場との打ち合わせになりましたねぇ。でも、2005年からようやく「夏休み」(合計16時間ですが)をもらえることになって助かりました。8月・9月と大学の仕事が休みだったのもよかったです。それでも、この頃はまだ常識的な忙しさだったなぁ。
 そんな中、京都に新しいシネコン、TOHOシネマズ二条ができ、「交渉人 真下正義」、そして「容疑者 室井慎次」と「踊る大捜査線」のスピンオフ作品を見に行きました。でも今にして思えば、それが最後のそして束の間の休息だったかもしれない…。
 そうそう、9月末頃にはほとんどカミングアウトを終えました。

【10月~12月】
 10月は記憶も飛ぶくらい異常な忙しさでした。週末だ平日だと言ってられませんでしたしね。引っ越しも、日取りを決めて3日ぐらい後には済ませました。だから、前のアパートにいた「うし」(と呼んでいたネコ)にもちゃんと挨拶できませんでした。うし、元気かなぁ。
 そして、11月には結婚しました。なんか、あれよあれよという間に終わってしまい、いつの間にか引っ越して2人で住んでいる、そんな感じです。あれは、何のイベントだったっけ。という感じ。そして、1年間「体調を崩してはならぬ」と気合いを入れすぎていたのか、終わったらどんどんと体調を崩しました。そして、新居、…まだ片付いていません。
 そうそう、長年の夢だった「『通販生活』生活」ができるようになりました。今のところ、メディカル枕(ありがとうございました)と引き出し式食器棚、折り畳みできるアイロンマット、ディンブラのティーポットがあります。

突然のお客様に困らない家にする。ですね。いつまでも2階を「立入禁止」にするわけにもいかないし…。
 早く全てを片付けて、週に1度ぐらいサイトの更新ができるようにしたいですね。まだ、そのリズムが確立されていないのですが。ちなみに、昨年は作文が2件、読書感想文が2件、地域情報資料室に4件、あと、ギャラリーでちょこちょこと…、といった体たらくですからね。うわぁー、あらためて数えると少なっ でもまぁ、ブログの方も何とか携帯から投稿するすべを覚えたので、何とかがんばっていきたいと思います。

 何だかんだで変わったのは住所と苗字ぐらいで、ネット上でのお付き合いには何の変わりもありませんし、中身もさほど変わりませんし、どうぞ今年も気長によろしくお付き合い下さいませ。

(2006/1/23)

 ただでさえ少ない給料(たぶんみなさんの半分ぐらい)で、やりくりしながら生活してきたのに、この4月から前年比約1万減。しかーし。実は、私の裏の趣味は節約(?)であります。今までだって少ない給料から国保・年金を納めて、ちゃっかり貯蓄も(わずかながら)しておりました。でも、多少しんどくなるのは確か。私だって友だちと飲みに行ったりしたいしね(というか、するしね)。だから、今以上の節約を求められているのよ。誰か、よりよい節約法があればお教えください。
 ということで、私の節約法。別に役に立てていただかなくてけっこうですよ。みなさんは、経済活性化のためにじゃんじゃんお金遣ってください。

小食になる!
まず減らすのはやはり食費。何をどう減らすか、ではなく、まずは総量を減らすのです。私の食事量は昔に比べて確実に減っています(昔が食べ過ぎとの説もあり)。自然とダイエットにもなります。たぶん。

働き者になる!
「手間をかけずに食べることはお金がかかること」と認識する。
(高)外食 > 調理済みを買う > すぐできるものを使う(××の素とか) > 自分で作る(安)
という構図を常に頭に置く。だいたい、お弁当や外食は塩分が多めなので、自分で作ると健康的です。たぶん。

お米は無洗米!
無洗米にすると…1.研がなくていいので水が少なくてすむ、2.研がなくていいので忙しくてもご飯を炊く気になる(自炊する気になる)、3.研いだときに流れ出る米ぬかも含めての量で買っているので実はお得、…などというメリットがあります。しかし、中にはうまくないから嫌だ、という方もおられます。でも、無洗米をおいしく炊くコツはありますし、何より、あまりうまいと食べ過ぎてしまうので、多少まずいくらいがいいのです。米の研ぎ汁は浄化しにくいらしいし、環境にもいいのです。たぶん。

ご飯は買っておくより、炊いておき冷凍しておく!
もう常識ですね。私の生活サイクルでは、2、3食分を一度に炊き、残りはジップ○ックみたいなやつに一杯分ずつ分け、一食冷蔵、残りを冷凍するのがちょうどいい。1日か2日なら冷蔵、それ以上になりそうなら冷凍がよいそうです。保温の時間も短くてすみ(電気代節約)、炊飯ジャーで保存するよりおいしく食べられます。何より、茶碗一杯分ずつ分けているので、おかわりしたい衝動を押さえる働きがあります(異常食欲時にはもちろんききませんが)。無洗米の2項とも通じますね。

飲み物は買わない!
なんでお茶に120円とか払えるかなぁ。家で淹れたらタダ同然じゃない。ちなみに、職場で飲むお茶はまさしくタダ。ペットボトル飲料は金持ちの飲み物と思うことにし、日々がんばっております。

ネギは育てながら食べる!
ネギって1回に使う量はしれてるし、困りません? そんな時、根っこ側を残しておいて水につけておくのです。すると、冷蔵庫の中で力なくしおれてあーあ、ということもなく、細く長く成長しながら生きていきます。そうすると、長持ちしますし、食べられる量が増えます。たぶん。ちょっと自信ないけど。

健康でいる!
病気になると病院代や薬代がかかります。ただでさえ苦しいのに、ふところまで痛手です。だから、近頃は風邪をひいても胃腸の調子が悪くても、本格的に具合が悪くなる前になんとか気合でもちなおします。そんなわけで、最近はまずまず健康です。貧乏健康法!

電気は使わない!
以前もこまめに電気を消したり、節電タップを使ったりしていました。テレビ見ながら何かをしたり、つけっぱなしだともったいないという意識は強いです。最近はそれを強化しました。使わないところは消す、ではなく、使わないところはそもそもつけない、です。帰ったらまず電気をつけない。何となくテレビでも…とつけない。もともと寮生時代や僧侶修行時代(?)にテレビなし生活をしていたこともあり、苦にはなりません(が、行きすぎて見たい番組を見逃すことも)。でも、確実に今月の電気代は減りました。暖かくなったせいもありますが、先月比で約2000円減、前年比でも約300円減です。どうだ! まだまだ?

無駄な買い物をしない!
節約の時に「不要なものを買わない」は大原則です。不要なものを買わないためには、「今必要なものを知る」ことが大事です。少々安くなったから、といってほいほい買っていたら余ってしまったり、余分な出費につながりかねません。私は安い日に買うものを常にリストアップしています。

効率よく買い物をする!
上のこととは違いますよ。ポイントです。そのお店が100円で1ポイントなのか、1か月利用金額に応じたポイントなのか、今日がポイント5倍デーなのか、など考えて買うのです。以前は1か月利用額1000円ごとにポイントつくのに、17,985円なんて買い物をしたりしていて、非常に非効率的だった。反省して今はキレイに買い物をしています。某スーパー系カードの今年のポイントキャッシュバックはみものです。すでに去年1年分を超えている!

家計簿をつける!
現在使用している家計簿は高橋(書店)の「かんたん・かけいぼ」。1か月見開き2ページ、1日1行。簡単につけられて重宝しています。月始め(私は給料日を設定)に引き落とし額がだいたいいくらか計算し、残りを日々使えるお金として予算を計上。費目は自由に設定できるので、私は「某スーパー」「コンビニ」「外食」「その他(1)」「その他(2)」「その他(3)」という、実におおざっぱな分け方にしてます。そして何より、毎日の平均消費金額が出せるので、やる気がでます。平均額が減っていくと嬉しいのよ。そうやって何だかんだで2年以上続けています。このものぐさな私が!

(職場)で出来ることは外(職場)で!?
だってウチでやると部屋にいるだけで電気代もかかるし……。例えば、新聞を読むとか、あと……うーん、あまり思いつかないなぁ。世の中にはトイレットペーパー持ち帰ったり、自宅でトイレは使わない、とかそんなことをする人もいると噂に聞きますが…。法に触れたり、仕事のじゃまになったり、誰かの迷惑になることはしたくない、というかしてはいけないしねぇ。

ネット、モニター、プレゼント!
大好きです。ネットの懸賞だけでなく、切手貼らなきゃいけなくても応募します。当たりは少ないけどね。最近は友だちにモニターの口を紹介してもらって登録しました。ネットで買い物することも増えました。ホントに得しているのかはわからないけど、楽しまないと辛いだけですから。

もつべきものは友だち!
お得な情報教えてくれたり、1本58円の大根を買ったら半分買い取ってくれたり(おでん付きます)…そんな友だちがいるとイイです。何より、多少貧乏でも生活が楽しいです。

 ……こんな感じですかね。けっこう、節約生活も楽しいですよ。というか、楽しまないとつら~いリアル貧乏になってしまいそうです。まだまだ節約道は奥深いようですが、楽しく進んでいきたいと思います。「私はこんな風に節約してます」「こんなのやってみたら?」「精神のみリッチになれる方法」「伝線したストッキングの再利用法」などなど、ございましたらコメント等でどうぞご教授ください。お待ちしています。

(2005/6/2)

新年あけてだいぶ経ちました。おめでとうございました。

いや、ホントにもう旧暦でも年が明けそうです。でもやっぱり年始には目標を立てなきゃ。…と、その前に昨年を振り返ってみます。

2004年きよこ10大ニュース

第1位 ××の○○・○○!!
プライバシー保護のため一部伏せ字です。まぁ、これにはいろいろ考えさせられました。けっこうショックでした。昨年1年を振り返ってこれがいちばん大きい出来事だったかな。

第2位 ××××が○○!
またも伏せ字です。これについてもいろいろ考えました。でも仕方ないよね。人生こんなこともあるさ。

第3位 うなじ修学旅行開催
…これが3位でいいのかな? ようやく念願かなってきもので京都観光できました。昨年は実は正月にもきもの着て出歩きました。いつか自分で買ったきもので歩きたいです。

第4位 …えーと、京都検定受検…かな。
こういうのの選定はどうしても後半の事件などが上位に来るのよね。けっこう勉強したなぁ。でもどんどん忘れていってます。

第5位 そういや、採用試験落ちまくった
けっこういろいろ受けたけど、そうそう人生甘くない。というかもっと勉強しないとムリでしょう。

第6位 芸能ニュースから…カン様帰国
世間のヨン様ブームには全く乗らず、マイペースにKANさんの応援を続けております。現在は毎週土曜に札幌のラジオ「KANのロックボンソワ」を必死に聴いています。

第7位 ここらでスポーツ関係の話題…卓球の愛ちゃんと似てる発言多数
アテネオリンピックの開催により、連日「卓球の愛ちゃんに似てるって言われない?」「サーってやってよ」などと周囲から言われ続けました。しかし、そこまで言うほど似てるかなぁ…。

第8位 うーんネタが…ほぼ日にはまりまくり!?
とうとうほぼ日手帳も買ってしまった。ほぼ日参しています。

第9位 うーん、うーん…、松居一代にはまる?!
昨年は木曜の勤務が午前中となったので昼からTBSの「ジャスト」を見るようになりました。。現在、尊敬する芸能人は松居一代かも。「汚い家に幸せは来ない」と毎週言われて、あぁウチはダメだ…と多少掃除するようになりました。

第10位 うーん、もうない…、えーと…家計簿をつけ続けた…とか?
あんまり大したニュースじゃないようですが、これまで日記も家計簿も続いた試しがありません。貧しさが怠け癖に勝ったのでしょうか?

……はぁ、10じゃなくて5ぐらいにすればよかった。振り返ってみるといろいろあった気もしますが、毎年これぐらいはあるかな、という気もします。そんな2004年でした。

マイ流行語大賞とかも発表しましょうか? いりません? そうですか…。

さてそれでは、2005年の目標などの選定を始めます。

とりあえず、毎年言ってますが、「突然友だちが来てもいい部屋」めざします。せめて、突然誰か来ても「5分待って」ぐらいで済む部屋にしておきたい。昨年末は「大掃除計画表作戦」がまぁまぁうまくいったので、これから「1年かけて年末大掃除作戦」を実行しようと思います。よし、さっそく計画・実行表を作るぞー。

HP関係で言うと、もうちょっとがんばる。更新少ないですからねぇ。でも、そのうちまたちょっと改造する予定です。「ぶつぶつノート」をブログ形式に変更しようかと思案中です(経費節減のため)。何にせよ、もうちょっとがんばります…たぶん。

…ほかには、今はあまり思い浮かばないなぁ。昨年、人生の中長期的目標としてリッチになるとか言ってましたが、なかなか思うようにはいきません。でも、昨年はようやく国民年金の滞納分を払い終えました。かろうじて明るい光が射してきている気がしないでもありません。そのかすかな光をたよりに多少の努力を積み重ねたいと思います。

でも、金銭的なことよりも、もっと心身両面で落ち着きたいですねぇ。そのために具体的に何をすべきかは今はよくわかりませんが、いろいろと探しながら日々精進していきたいと思います。

よわいじぶんにむきあえる そんなつよさがほしいです

ある人からの年賀状に書いてあった言葉ですが、そのまま私も使わせていただきます。ついでに酉年にちなんで私書いたのは

たとえ大空を飛べなくても 少しずつ前に歩いていく

という風なことでした。そんな感じです。

何はともあれ今年もよろしくお願いします

(2005/1/24)

雨、雨っていっても、この雲の上は天気なのよね。(薫くみこ「あした天気に十二歳」より)

やまない雨はない。

よく、幸福とか、幸運とか、そんな人生のいろいろを天気になぞらえたりすることはありませんか。「晴れ」イコール「いいこと」とか「雨」イコール「やなこと」とか。それでもって、「終わりよければすべてよし」ってな感じで、「晴れのち雨」より「雨のち晴れ」の方が何となく好きだったりしませんか。いやそんなことはない、っていう人もいるんだろうけれど、私はけっこうそう考えるタチだし、ほかにもそんな人はいるんじゃないかなぁって思います。

これまでよくそんなことを考えながら、自分の人生が「雨のち晴れ」っていうように、何か問題があっても結局うまくいったらいいなぁ、と思っていました。今苦しくっても、いつかは雨もやむように、きっといいことあるさ、と。そんなに楽天的でいいのかな、と思うくらいですが。でも、そんなにうまくいくはずのものじゃないでしょう、人生って。雨も降るし、雪も降るし、雹も降るし、台風も来るし、時には竜巻だって発生するし、もしかしたらブタだって降るかもしれない。だから、曇りときどき雨、のち晴れ、ぐらいに考えとこうかな、と思うようになりました。

でもでも、世の中にはたくさんの人がいて、その人の数の分だけ人生があるわけで、そんなにうまくいく人はあまりいないんじゃないかなぁ、とも思うようになってきたのです。例えば、不慮の事故で突然亡くなった人とかは、どう考えればいいんだろう。例えば、生まれて間もなく息をひきとった子ども、なんてのはどう考えればいいんだろう。その人にとって、最後は晴れ、というわけにもいかなかったんではなかろうか。

長い長い目で見ると、雨はいつかやむんだけれど、その雨しか体験することができないこともある、と思う。つまり、こういうことかな。楽しみにしていた、家族みんなでハイキングに行く日、その日は朝から雨が降り続き、結局夜までやみませんでした。その次の朝には、青空が広がっていました。こういうことがあったとすると、ハイキングの当日には雨が降っているわけで、翌日晴れたからよかったわね、というわけにもいかないんじゃないんでしょうか。翌日晴れたからってハイキングに行けるわけでもなくて、何もよくなってないんですね。人生雨ばっかりってことはないと思っていたけれど、そうとも言えない気もしてきます。

また、広い広い目で見ると、自分のいるところは晴れていても、他のところでは大雨が降っていたりするかもしれない。全世界的に晴れ、とか、どこもかしこも雨が降っていて晴れ間なんてちっとも見えません、とかいうことはないんじゃないのかなぁ。とすると、自分が今幸せだからといって、みんなが幸せだというわけじゃないんだろうな、と思います。自分がこうやって楽しく幸せに生きている陰で、誰かがどこかで苦しんでいるのかもしれない、泣いているのかもしれない。「かもしれない」ではなくて、たぶんそうなのだろう。そうやって考えると、自分の人生が晴れていたからって、そんなに喜んでいいものかなぁ、という気もしてきます。

さてさて、ここまでこんなこと言ってきて何ですけど、ホントに「晴れ」は「幸せ」ですかね。まぁ、私が初っ端に言ったことではあるんですが。ホントに「雨」って「いやなもん」ですかね。

例えば、運動の得意な人にはあまり分からないことだとは思いますが、体育の嫌いな子どもだっているんですよ、世の中には。そしてそんな子にとっては運動会なんてなくなってほしいものであり、毎年毎年雨が降ることを願ったりするようです。開会式で校長先生とかが、「皆さんの祈りが通じたのか、今日は青空の広がる絶好の運動会日和ですね」なんて言ってるのを聞きながら、「私はそんなこと祈ってなんかない」というようなことを考えているのです。その時のその子にとっては、雨は「待望の救世主」ぐらいのありがたいものです。でも、たいてい運動会の日に雨が降っても、予備日がありますけどね。

だいたい、晴れてばっかりだと困るでしょう。小さい頃によく、雨が降らないとお百姓さんが困る、という話を聞かされました。お百姓さんじゃなくても、近年の水不足問題を考えてもわかることですが、雨が降らないということは、私たちの生活にダメージを与えてしまうのです。そう、「慈雨」という言葉があるように、雨はやさしくて、恵みをもたらすものでもあるのです。

この冬は暖冬だ、と聞く年があります。雪が降らない、とか。雪がたくさん降りすぎると、雪国で生活している人はたいへんです。都会に、何年かぶりの大雪、なんてのが降ると、交通機関はマヒしてしまい大混乱です。でも、一方でスキー場なんかでは雪が降ってくれないと困るみたいで、むしろ雪が降ってバンバンザイでしょう。つまり、誰かにとっては嬉しいことでも、他の誰かにとっては疎ましいことであったりするってことですよ。

こうやっていろいろ考えると、自分は幸せである、と思える状況にあるということは、ただそれだけのことではない、と思えてきます。いろんな人がいて、その、人の集まりの中で生きているのだから、自分のことだけを考えて生きていくわけにはいかないと思うし。

今も、「人生、曇りときどき晴れ、ところにより一時にわか雨、台風なし、洪水なし、渇水なし、大雪なし、地震なし…」なんていうのがいいかなぁと思っているところはあります。まぁ、ちょっとぐらいの波乱はいいけど、深刻なダメージを与えるようなのはかんべんしてほしいな、とか。でも、いつか自分の人生で大雨が降るようなことがあったとしたらその時は、遠くで雨を待つ人がいるんだ、と考えることにしようかな、なんて思います。そして、その雨がやんで晴れ間が見えてきたら、その晴れ間を見ることができたことに感謝したいなぁ、なんて。自分が雨に悩まされていても、誰かは青空を見てるんだろうな、と思えば少しは楽になりそうな気もします。

何かあっても、空に太陽があることには変わらないんだから。それが雲に隠れていたとしても。

(2004/7/4)

って、前編とタイトル違うやん。

<前回のあらすじ>
かくかくしかじかで、エステ脱毛無料キャンペーンを予約してしまった、私こときよこ。

ちょっとここで、私のエステ関係のプロフィールをご紹介。

はたして待ち受ける運命やいかに――?! 後編スタート。

予約したからと言って、人間それだけでキレイになるわけではありません。そういえばそんなCMもありました。そうそう、“T”社の1万円割引券もあったっけ。えーと、ワキ・ビキニラインが11900円→1900円、ウデ・アシが15400円→5400円か…。待てよ。“E”でウデかアシやって、“T”でワキやれば安く2か所できるんじゃない? もしかして名案かも!? 当日どうせカウンセリングやるだろうし、ワキ以外に変更できるかも。言ってみようかな。よし、そうしよう。

そんなことを考えながら、いつのまにかその当日がやってきました。私が行った“E”が入ってるのは、えーとあれは、ファッションビルって言えばいいんでしょうか。何やら若い人がよく行く、流行ってそうな、洋服屋さんとか、何やらかんやらたくさんお店が入ってるビル。あれの一角にありました。だから、若者がかわいい服を選んでる横をすり抜けて、エステティック“E”へ入っていったのですが、あまり周りを見ないように(見られないように)して入りました。再度、絶対に入会しないぞ、と固く決意して――。

入ってみると、受付にお姉さんがいます。すると、私が名乗るまでもなく、お姉さんが「○時からの○○様ですね」と言ってきました。しばらく座って待て、と言われたので、ソファに座って犬のようにぼけーっと待ちます。どうして時間通りに来て待たされるのだろう、と多少腹が立ったものの、来てしまったものは仕方ないと思って待ちました。待っていると、だんだん「ホントに来てよかったのだろうか。何かとんでもない過ちをおかしているのでは…」という気持ちになってきました。いろいろ考えるのがイヤになってきたので、壁に貼ってある「○か月で○㎏痩せた!」とかのポスターを眺めて待っていました。

そうやってしばらく待っていると、私の担当者らしいお姉さんが現れました。自己紹介をされ、簡単な説明をしてもらいます。そして、アンケート用紙を渡され、その書き方をこれでもかというくらい丁寧に説明してもらいました。そのアンケートは、エステ脱毛に対するイメージは?とか、今までの処理方法は?とか、どうなりたいか?とか、あと、心理テストみたいなのもありました。てきとーに書き上げ、それにそって、次はカウンセリングです。闘いの始まりです。

さっきまでいたソファを離れ、別室の小部屋に連れて行かれました。Mと名乗る担当者は、いかにもエステのお姉さんらしく、ハキハキとした感じで、そして多少馴れ馴れしく、話しかけてきます。アンケート用紙を見ながら「これは具体的にはどういうことですか?」といったことを聞いてきます。私は、「気になること」で「痛みはないのか。自己処理とどう違うのか」というもっともらしい解答を書いていたので、それに沿って長い話が始まりました。

前編のように話をほとんど書き起こすと疲れるので、やめにします。ホンット長かったんです。要約すると、「今までいろんな脱毛方法があったが、今ウチで採用しているヤツは痛みもなく、効果も期待できますよ。自己処理なんておやめなさい。」ということを言われたんだと思う。すごかったです。いろんな人のカルテを見せられました。施術前、○か月後、といった写真を何枚も見せられました。確かにきれいになっていましたが、それよりも、やったら自分もこうやって写真撮られて人に見せられるんだと思ってしまいました。もっとすごかったのは、担当の人がいきなり自分のワキを見せてくれたのでした。「どうです?」と言われても、一瞬言葉を失いました。見せるかぁ? すごいパフォーマンスです。押し切られてしまいそうなパワーを感じました。

さすが、百戦錬磨のエステティシャン。絶妙なトークです。でも、説明のメモの字は誤字が多いです。不坦→負担ですよー。発毛の仕組み、脱毛の仕組み、方法、メリット・デメリット…。恐るべきことに、エステ脱毛っていいなぁ、と思い始めてしまいます。ですが、今回の私はいつもの私ではない。無料だから来ているのです。入会するつもりなんてまるっきりないのです。で、話していると驚愕の事実が判明します。何と無料体験でできるのは、ワキなら片ワキ、ウデやアシなら片ワキと同じくらいの範囲なのです。ええーっ、そんなぁー。…考えてみれば1回でキレイにしてもらえるわけはありません。自分の浅はかな考えを呪いつつ、ウデやアシをバンカーのあるフェアウェイ(というかラフ)状態にするのは忍びなく思い、結局片ワキを体験脱毛することにしました。ここまでで1時間以上かかりました。

やっと脱毛体験です。ロッカールームに連れて行かれ、着替えをします。着替えが済んだらエステルームに行きます。ベッドに横になり、無防備にウデを上げさせられ、ワキをさらします。何やら説明を聞いて、まずは写真を撮られます。屈辱です。そして、めちゃくちゃ冷たいジェルを塗りつけられました。そして、顔の上にタオルを置かれ、問題のワキに機械をあてられ…バシッ!!…強烈な閃光が浴びせられます。バシッ、バシッ、バシッ…。痛みはありませんでした。そして、あっという間に終わったのでした。感想を聞かれたので「全然痛くないですね」とだけ言っておきました。

また着替えて、もとのソファに戻ります。これで終わったかと思うと、大間違い。エステ無料体験の本当の闘いはこれからなのです。担当Mさんは料金の説明をします。現在キャンペーン中であり入会金はいらないこと、すべてのコースがいくらか安くなるということ、を説明してくれました。ほかのモノなら、「あら安くなったの、じゃあ買おうかしら」となる私ですが、安くなって30万とかのものです。20万円を「手頃だと思いますよ」と言われて、曖昧に笑ってごまかしながら聞きました。

そしてついに出てきた「どうされます?」の言葉。だが、私もこれまでの闘いで成長しているのだ。返す言葉は用意してある。「ちょっと…、やっぱりいい値段しますし、もう少し考えます。(見積もりの)資料か何かもらえますか?」完璧だ。はっきり断りすぎると食いついてこられるし、だからといってここで入会はできない。興味あると見せかけてさっさと逃げるぞ。もしかして反撃してくるのか? さあ、どうだ? 「じゃあ、これ(見積もり)コピーしますね」…コピーをもらって、そして闘いは終わった。「じゃあ、キャンペーンは月末までですし、ぜひ、早めに電話下さいね。」…勝った。勝ったー。

こうして、1時間半に渡った私の闘いは幕を閉じた。けれど、無料体験はあまり意味がなかった。やってもらったのは半年とか1年とかかけて脱毛するやつの、1回分でしかなかったのだから。だから、別にキレイにもなっておりません。使用前・使用後の写真も残念ながらここに載せられません。でも、ホントにキレイになるみたいなので、金銭面に余裕のある方はぜひ“E”で脱毛してください。私はというと、一生自己処理でいいです。

以上で、体験報告を終わります。そうそう、“T”の方も使わないことに決めました。

(2004/5/24)

  • キャッチにつかまりやすい(実は宗教勧誘にもつかまりやすい)。
  • フェイシャルエステの無料体験には何度か行ったことがある。
  • 断れずに入会(?)というか購入(?)したことがある。
  • 体験だけでいい、って言っておきながら無理やり入会させられそうになって、それを何とか振り切って帰ったこともある。かなり怖かった。
  • 現在は、自分でできるホームエステをやっている。あまり活動してないが、人に美顔器を紹介することもある。

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