ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

たとえアイコンがうさぎになろうとも、ヒト型ネコはゆずらないっ!
ごはんおかわり! お茶も!
あ、ぶぶ漬けでもどうですか?

カテゴリ:旧「きよこ館」記事 > 「きよこ館」地域情報資料室

 雨は、時おり強く降り、次第に小やみになり、また強く降り、そしてまた弱まり……。日は昇れど雨雲の上から淡く光差す――。雨の少ないこの年の梅雨の中で、めずらしく梅雨らしい1日となりそうな朝だった。そんな梅雨のひと日を、雨を厭うではなく楽しむかのように、花は――咲き、そしてその花を人は――愛でる。

 午前11時。「妙心寺前」でバスを降りる。ちょうど雨が上がり、雲間から日も差し、これからどんどん蒸し暑くなりそうだ。待ち合わせをした彼女が道向こうに現れ、少し小走りにこちらにやってくる。
「おはよう。遅くなってごめんなさい」
「いや、私も今来たところだから」
2、3あいさつの言葉を交わし、丸太町通りから北へ向かう小道へとゆっくりと歩き始める。ほどなく、妙心寺に着いた。

027a-myosinji-map  着いたのは、妙心寺の南側…南総門ではなく少し東寄りの入り口である。妙心寺というのは広大な敷地に数多の塔頭(たっちゅう)を抱える、巨大な禅寺である。
 京都に来たばかりの頃にこの近くで活動していた私は、南側からの妙心寺しか知らなかった。妙心寺は丸太町から少し北にあるものだと認識していた。ある時、妙心寺北門前からバスだか嵐電だかに乗る用事があり、人に連れられて歩いていたら、南門から北門まであんなに距離があるものだとはつゆ知らず、歩けど歩けど妙心寺の敷地内で、愕然としてしまった覚えがある。妙心寺という名前を知ったばかりの頃の青い思い出だ。
 そんな過去の自分に一瞬思いを馳せ、そして現実に横にいる少し年上の女性に意識を戻し、また歩いてゆく。それにしても……やはり妙心寺は広大だ。
 

027b-yajirusi  目的地は、宿坊でもある塔頭・東林院。普段は非公開だが、一年のうちに三度だけ公開される。新年の「小豆粥で初春を祝う会」、秋の「梵燈のあかりに親しむ会」と、そして今回の「沙羅の花を愛でる会」である。沙羅の花はここでしか見られないというわけでもないのだが、やはりめずらしい花には違いない。昨年だったか「是非見たい」という話になり、「一緒に行きましょうね」という約束となった。忘れないように、と何か月も前から手帳の6月の頁に「東林院 沙羅」と記しておいたものだった。……道しるべに従い、東林院へと進む。
 東林院へ続く道へと折れると、見事な紫陽花たちが出迎えてくれた。

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「私、こっちのよりこっちのアジサイの方が好きなんです」
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と、彼女が額紫陽花(ガクアジサイ)を指差した。同じように私も額紫陽花の方が好みだったので、「私も」と答えた。

 受付で抹茶付きの拝観料を払い、券をもらい、中へ進む。庭に、くちなしのものと思われる甘い香りがふわりと漂っている。
 建物の入り口で履き物を脱ぎ、先ほどの券を係の人に渡す。入ってみると、雨の平日という割には先客が多くあった。ただ、やはり平日であるせいか年輩の女性客が多くみられ、私たちのような年齢の参拝客は少なく思われた。中に入りひとまず、私たちは本尊に手を合わせた。……と、彼女の名前が呼ばれた。抹茶の準備ができたようだ。
 抹茶と、沙羅の花をかたどった和菓子が出された。きちんとした茶の作法は知らないが、おいしくいただくことはできた。庭に面した縁側では、住職が語る法話にたくさんの人が聞き入っている。団体客がいるようだ。私たちは、また次の回で話を聞こう、ということにして、しばらくゆっくりとお茶をいただき、室内をうろうろとした。聞くともなしに、住職の声が聞こえてくる。

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 ――人はただひとりで生まれてくるわけではありません。誰にも必ず両親があります。あなたのお父さんお母さんにはそれぞれに両親があり、またそれぞれに両親がいて、そうやって数えていって20代遡ると100万人以上に……
 少し驚いた。私は本業とは別に、とあるところに愚にもつかない駄文を掲載している身なのだが、前日に書いた内容と同じことを住職が語ったのである。「シンクロニシティ」…という言葉がふと頭をよぎった。傍らにいる彼女に「実は、昨日書いた内容と……」と話しかけたら、よくわからない顔をしている。そうか、彼女は別に自分の読者ではなかったんだ、と苦笑した。

 さきほどの住職の話が終わったようだ。昼食の精進料理の準備ができたようで、花の名前を冠した団体の名前が呼ばれ、ぞろぞろと、少し騒々しく移動しだした。最前列の縁側が空いたので、2人並んで腰掛ける。沙羅の庭を眺める特等席だ。潤いのある少し重いしっとりとした空気と、朝まで降っていた雨が残した粒が、青々とした苔の庭と白い沙羅の花をいっそう引き立てるようにも見える。

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 次の住職の話は、何時になるかはわからない。他の参拝客は、沙羅の花を記録に残そうと、思い思いにカメラを構えている。彼女も、携帯を構えている。私も、立ち上がって沙羅の花をファインダーに収める。
027i-hana 「キレイに撮れました?」
そう聞かれ、私はデジタルカメラの映像をいくつか見せた。
 縁側に並び足をぶらつかせながら、もったいないくらいののんびりと静かな時間を過ごす。「ただぼんやりする 何もない贅沢があります」――パンフレットの言葉通りだ。私たちは、職場のこと、家のこと、今日の天気のこと、今いるお寺のこと、目の前の沙羅の花のこと、……いろんな話をしながら待った。
 しばらくそうやっていると、住職がマイクを手に戻ってきた。「難しい話ではなく、サラッと話をします」と前置きをして、住職が話し出した。
 

――この東林院には、花の付いている沙羅の木が方丈前に11本あります。

……参拝客の声が静まり、住職の声が寺に響く。

――あの大きな木は、樹齢三百数十年になる古木です。ご開基の供養に、と植えられたものですが、4年ほど前に木としての寿命を終えました。しかし、その命をムダにしたくないという思いから、その木から結界や観音さまなどを作り、あの大きな沙羅の数珠も作りました。また焼き物の釉薬にも使っています。命は朽ちるものですが、形を変えて生かすことができます。日本人は古来からそうやって生活してきました。


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――この沙羅双樹は学名を「ナツツバキ」といい、朝に咲いた花が夕方には散ることから「無常花」とも言われます。
「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理を表す」
と平家物語にもありますね。短い命を生きる、ということ。世の中は移ろいゆくものである、という無常。何者も、過去には生きていないし、未来を生きるものではない。真実の命はただこのひと時。沙羅の花は咲いてその日のうちに散り、落ちた花は色が変わっていきます。そしてまた次の日に新しい花が咲きます。新しい命が生まれるのもまた無常です。

――ここにある11本の木は、大きな古木の子でありまして、1本1本ようすが異なります。庭の左手前の木……

私たちの座るすぐ目の前の木を住職が話題にした。

027k-saranoki ――……その木は賢いもので、3本に分かれていますでしょ? 地面に水分が少ないと真ん中が自ら枯れるんです。そうやって残りを生かそうとしてるんでしょうかね
――今この瞬間も絶えず変化しています。人は、生まれてから70年ほど経つと、生まれたときに持っていた細胞がなくなってしまうんだそうですよ。
――私のために生まれてきたものは何ひとつとしてありません。ただ、その生命で生かされています。この瞬間さえ、いただいて生きています。全ては見えないところで繋がっています。そこから感謝の気持ちが生まれます。感謝、懺悔(さんげ)する気持ち。いただいたものを返すことはできません。だから、報いて生きる、使い切る……ということなのです。
――無常…無常だと感ずるところから、無常…世の中は流動的な世界に成り立っているというその世界を観る、見つめるという風に一歩進みましょう。限りある命をあじわって生きていくことで、自分が何をすべきか、ということがわかります。私が私として生きていくこと以外に、私の生き方はありません。
 最後に一息座禅(と言ったと思うが少し聞き取れなかった)というのか足も組まない簡単な座禅をし〈己を見つめ〉て、住職の法話は終わった。

 聞き入っていた人たちが、立ち上がって寺を後にしていく。私たちは、話を思い出しながら、再び寺の中と庭を眺めて歩く。それぞれ土産を買い求め、東林院を後にした。最後に門までの前庭をもう一度ゆっくりと鑑賞し、門をくぐった。ほとんどの人はすでに立ち去っており、その時いたのは私たち2人だけだった。受付のおじさんが、「せっかくだから2人一緒の写真を撮ってあげるよ」と申し出てくれ、門の前で記念撮影をした。私たち2人は、どのような関係に見えたのだろうか。ぎこちない笑顔で並んで映った。

 それから2人で、妙心寺内を少し歩いて見て回った。紫陽花と水琴窟と鹿威しのある庭を拝観し、そして入ってきた方と逆の北門へと進み、門を出た。北門からほど近いところにある、ゆったりと時間の流れるカフェで、遅めの昼食をとった。

 ……雨はすっかり上がり、地面から湿り気を帯びた熱が立ちのぼってきていた。


《写真ギャラリー》

東林院(主に住職の)作品集

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沙羅以外の東林院(及び妙心寺)風景

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寺院名称:東林院(妙心寺塔頭)
行事名称:沙羅の花を愛でる会
開催日時:6月12日~6月30日 9:30~16:00
場所:京都市右京区花園妙心寺山内
妙心寺へのアクセス:
   (南門)市バス「妙心寺前」かJR「花園」駅下車
   (北門)「妙心寺北門前」下車、あるいは嵐電「妙心寺」下車
   (いずれも妙心寺どちらかの入り口まで)徒歩数分
東林院へのアクセス:妙心寺の南側から入って北東方向へ進むといいでしょう。
拝観料:抹茶付き…1,580円、精進料理付き…5,570円、沙羅の夕べ…12,000円
注意:花を見るだけでの入山は不可。必ず抹茶か精進料理を選ぶこと。
お土産:沙羅の生菓子、沙羅のハンカチ、妙心寺御用達阿じろのごま豆腐等あり。
西川玄房住職:説法はもちろん、観音さまを彫り、沙羅の屋根瓦(?)を作り、精進料理を作り……多彩なアーティストかつ名プロデューサーとお見受けしました。
少し参考にした文献:
    佐和隆研ほか編「京都大事典」(1984年、淡交社)
    東海大光、長田弘「古寺巡礼京都21 妙心寺」(2009年、淡交社)
    『京都散策(2007年春号)』(2007年、JR西日本?
    小栗左多里、トニー・ラズロ「めづめづ和文化研究所 京都」(2008年、情報センター出版局)
※情報は全て2009年6月のものです。日時や料金等、今後変更もあると思います。
(2009/6/29)

――京の秋を求めて――

これまでのいきさつ
 ぬらさんは来ました、京都に。そしてアフロな仏さまに出会いましたが、残念ながらいけぼうさんには会えませんでした。そして、ぬらさんが京都を去った後、いけぼうさんが京都にやってきます。詳しくは、前編をお読み下さい。
 それでは、本日は後編、――京の秋(主に栗)を求めて――をお届けします。

たくましきは女のひとり旅
 2008年11月2日、京都駅にぬらさんを見送ったうさこじぞうとその飼い主。肉まんを購入してコンビニから出たところで、一通のメールが入りました。「ライブ終わった。今から新神戸駅に行って新幹線で京都に向かいます」。てっきり神戸から新快速か阪急かで来るかと思ってたから大慌て。しかも、「ご飯食べてないからよろしくねー」のメール。……え?そうなの? どうする? コロッケ足りないよ? とにかく、車の中でどうごまかすか(何しろぬらさんが出てった時のまま何も片づけてない)相談し、急いで帰宅。ばたばたと準備をしていると、乗り換えできたという連絡が。
 片づけと準備を飼い主に任せ、駅まで迎えに行き、無事に対面。前日にぬらさんに尋ねたように、「何もないけど、夜の嵐山でも見てく?」と誘ってみましたら、「じゃ、行く!」とのお答え。「え、ホント? 何もないんだよ? 疲れてないの?」と、誘ったこっちが聞き返してしまう驚きのお答えでしたが、時間稼ぎとしては好都合だったので、夜の嵐山をご案内しました。
25a-togetukyo  いけぼうさんの、「何泊するんだよ、それ?!」ってぐらいの大きな荷物(カート)をガラガラと引きずりながら、真っ暗な嵐山を歩きます。渡月橋の上には、川の流れを利用した水力発電で、灯りがともっています。これは時間によって緑、青、赤……などと色が変わります(はずです)。………それぐらいです。ほかは真っ暗です。誰もいない静かな商店街を、いけぼうさんのカートを引く音がやけに響き渡ります。
 20分ほど遠回りして、拙宅に到着。おお、見事にごまかしたご飯もできてます。ご飯食べて、昼間買った老松の「栗しぼり」食べて、「当旅館自慢の露天風呂付き大浴場」さがの温泉 天山の湯へご案内し、それからさっさと寝ました。はー、疲れた。

(♪チャララララララ~)

秋の香りを求めて

 朝はさっさとご飯食べて、寝ている飼い主をほったらかしにしていけぼうさんとうさこじぞうは2人で嵐山観光に。午前中なら人出も多少マシかもしれないと思いつつ……。長辻通りを北(新丸太町通り)側から入ると、確かに前日ほどの混み具合ではないもよう。ひとまずほっとしてぶらり嵐山散歩。
 まずは、嵯峨野巡りとして押さえておきたいポイント、竹林の小径。「え、道路脇に竹が生えてるだけじゃないの?」なんて言ってはいけません。静かな京の風情を醸し出す(=いかにも京都っぽい)、絶好の撮影スポットです。「後できもの着てる写真と合成してよ」といけぼうさんがいとも簡単におっしゃったので、努力してみます。

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これが…竹林の小径ね……

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合成しました(手作業)

25e-nonomiyatorii  竹林の道を通り過ぎてしばらく歩くと、今大人気の野宮(ののみや)神社に辿り着きます。2008年は源氏物語が文献で確認されてからちょうど1000年、ということで「源氏物語千年紀」なのです。だから京都ではちょっとうるさいくらいに源氏物語で盛り上がっています。ここ、野宮神社は、源氏物語の「賢木」(さかき)の巻の舞台で、黒木の鳥居(樹皮の残った、原木を用いた鳥居)で有名だそうです。源氏物語スタンプラリーでは、私を含む職場のオーバーサーティーズに大人気の、六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)のスタンプが押せます。いいよね、六条御息所! オトナの魅力!
 さて、長辻通りへ戻ったら、あとはお買い物です。やはりよーじやは外せない、…のか? いけぼうさんは、私が帰省するときに「あぶらとり紙20冊!」とかお土産に頼むほどによーじや大好きです。そういえば以前にカフェにも行きましたね。昨日はお店の外まで人が溢れて私が入る余地はなかったけれど、今日は何とか大丈夫。いけぼうさんもゆっくり選んでたみたいです。
 しばらく歩くと、例の「栗しぼり」を買った「老松」があります。昨晩、旅館のお着き菓子っぽく出したアレです。「栗しぼり」は、初めて食べると強烈な感動を覚えます。食べた人が思わず「栗っ!」と叫ぶとか叫ばないとか。「ここがそのお店だよ~」と教えて、ちょっと覗きに入ります。ショーケースの前で何やら考え込むいけぼうさん。と、おもむろに、
「栗しぼりと…生菓子の…○○と××と△△と……6つくださいっ!!」
生菓子だから日持ちしないよ、と忠告はしましたが、「大丈夫、お母さん生菓子大好きだからっ」とお母さんはいったいいくつ食べるんだ? いや、生菓子の大好きなお母さんが5人ぐらいいるのか? という買い物をしました。……いやはや、恐るべし、いけぼうさん。
 そんなこんなでいろんなお店を冷やかしながら渡月橋まで散策。快晴ではないものの、気持ちよく歩けます。
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25g-bikkuri 途中で、「山栗なっとう」なるモノを発見。和風マロングラッセ…だそうです。沖縄産の黒糖を使ってるとか何とか……。「二十歳以上とハッキリわかる方は千円袋と六百円袋と二袋で千円」ということで、いけぼうさんは商売上手なおっちゃんの口車に乗せられて購入。まぁ、どう見てもハッキリ二十歳以上なのですが、おっちゃん曰く「ギリギリ(二十歳以上)やな」とのこと。……誰にでも言ってるんだろうなぁ…と思いつつ傍から眺めておりました。袋の裏を見るとお店の名前は「びっ栗屋」(びっくりや)。駄洒落でしたか。でも、おいしかった。ちっさい方の六百円袋は、我が家にお土産ということでいただきました。ありがとう。
 またてくてくと歩きます。紅葉はまだまだです。京都吉兆嵐山本店の入り口あたりがキレイに色づいておりました。ぼちぼち飼い主も起きているかと思い、メールを送信してみますが、返信なし。仕方ないので、うさこじぞうオススメのゆっくりできる紅茶屋さん「アンナ・マリア」に入ります。靴を脱いで上がる落ち着いた紅茶専門店で、嵐山の喧噪を忘れることができる名店です。いけぼうさんの頼んだアップルティーが生のリンゴと煮詰めたリンゴが入っていて、おいしそうでした。何度もおじゃましてるのに、初めてお庭の見える席があることを知りました。予約もできると教えていただいたので、また今度行ってみようと思います。
 さて、そろそろいくら何でも起きていてほしい時間になっているのですが、飼い主は何度連絡しても気配がありません。疲れて死んだように寝てるのかと心配してあげてゆっくり時間をつぶしていたのですが、ぼちぼち起こしに帰ることにしました。そしたら、何のことはない、携帯を2階に置いたまま、1階でご飯食べたりしてただけのようでした。出かける準備をして、飼い主に車だしてもらって、いざ午後の部!

さらに秋の香りを求めて

 ひとまずは、お昼ご飯です。いけぼうさんのために考えていたお店は「西陣 鳥岩楼」。水炊きのお店ですが、お昼は親子丼が食べられます。水炊きのスープがついてきます。ま、つべこべ言わず食べてみなはれ。……うん、いつ来てもおいしい! 私としてはここの親子丼は京都一だと思っています。…ほかにそんなに知らないけど。
25h-kurimaro  おいしい昼食の後は、これもいけぼうさんのために考えていたお店「鶴屋吉信」に案内します。鶴屋さんは、「柚餅」や「京観世」や「つばらつばら」なんかが有名ですが、秋には楽しみなお菓子があります。それが、「栗まろ」。栗ひと粒が入ったおまんじゅうですが、かわいい栗の絵と製造年('08)が焼き印されています。どうせ食べれば消えてなくなる(コレクションできない)のに、ついつい「あ、今年も…」と買ってしまう品です。しかも、5個入りは栗の形をした箱に入れられるので、お土産好適品と言わざるを得ません。はてさて、いけぼうさんが店頭で悩んでいます。5個入りか8個入りで悩んでいるのかな……と思いきや、いけぼうさんの口から思いがけない言葉が発せられます。
「栗まろの5個入り2つと生菓子を…コレとコレとコレと……6つ!ください!!」
……飼い主が、初めて見る生き物を目の当たりにしてぽかーんと驚いていました。慣れてる私でもびっくりしました。だって、午前中に老松でしこたま生菓子買った後ですよ?! もう、これは「いけぼうさん買い」と命名するしかないでしょう。あんたの家族は何人いるんだ?!
 ……さてさて、気を取り直してどこかに行きましょうか。「あと1軒、候補の栗のお店があるけど…」と提案してみましたが、さすがのいけぼうさんも「もういい」とのこと。どこかちょっとでも紅葉してないかなぁ、ということで、高雄の方へと向かいました。ちなみに高雄には「もみじの天ぷら」があります。試食だけしてみましたが、かりんとうみたいでした。駐車場のおじさんが親しげに飼い主に話しかけてくるので知り合いかと思いましたがそうではなく、気さくに「トイレだけやったらお金はいいわ」とか「この先行ってもまだまだ全然(=紅葉してない)やわ」とか教えてくれただけでした。11月初旬では紅葉はまだまだのようでした。
 山(高雄)から街へと下りてきたものの、まだもう少し時間があります。じゃあ、どこかでお茶でも……ということで、次に向かった先は「中村軒」。栗の季節には「栗ぜんざい」がありまして、当然のように必然のようにいけぼうさんが注文しました。中村軒についてはブログの方でもたびたび取り上げておりますが、お餅のおいしい和菓子屋さんです。よう食べるなぁ…と思っていけぼうさんを眺めていたら、「残り食べて!」と1/3ぐらい押しつけられました。私が元々甘いもの(特にあんこ)苦手だって知ってるくせに。京都に来て、おいしい和菓子に接してるうちにだいぶ食べられるようになりましたが、未だぜんざいは苦しいです。でも、私が多少克服してることをいけぼうさんは知っているし、いけぼうさんが食べきれないものを私に食べてもらうようなヒトだということを私も知っているのです。ああ、これが友情?!…そうなのね!?
 

さらば、愛しき友よ

 こうして、いけぼうさんは京都の秋を、というか主に栗を堪能し、帰っていきました。そして「いつぐらいに来たらいいの?」という哲学的な問いを残していきました。そうねぇ、もしどうしても紅葉が見たいというのなら、12月の第1週辺りがいいと思います。紅葉はここ数年、遅れています。京都でいちばん早く紅葉する高雄でも11月初旬では早すぎたのですから。そして12月の声を聞くと、少しだけ、ほんの少しだけ観光客が減ります。あとは…GWを外した5月や、雨の降っていない6月なんかも、気候的に穏やかで春と秋ほどには混雑してないのではないかと思いますね。それから、送り火の日以外の8月や9月前半なら、嵐山での鵜飼いも楽しめますよ。そんなところかな。
 とにかく、またのお越しをお待ちしております。今度は、みんな一緒に……。

〈今回行ったところ(と食べたもの)のおさらい〉
見た神社の名称:野宮神社(ののみやじんじゃ)
場所:京都市右京区嵯峨野宮町
アクセス:市バス「野々宮」下車徒歩5分ぐらい、JR「嵯峨嵐山」下車徒歩10分ぐらい
見所:黒木の鳥居など
拝観料:たぶん無料(祈祷などはは有料)

お昼のお店の名称:西陣 鳥岩楼
名物:親子丼(水炊きのスープ付き)
場所:五辻通智恵光院西入る(道順がよくわからないので私一人で行けない…)
注意:売れすぎてご飯がなくなったことが以前にありました
鳥:店頭に九官鳥がいて、時々挨拶してくれます。

紅茶のお店の名称:紅茶専門店 Annna Marra(アンナ・マリア)
特徴:靴を脱いで上がります。ゆったりできます。ピアノがあります。
おすすめ:もちろん紅茶。あとシフォンケーキやスコーンなど。
教えてもらいました:お庭の見える席があって予約もできるそうです。

栗に出会ったお店その1:有職菓子御注進所 老松
秋のオススメ:栗しぼり
初めて食べたときの感想:うわっ、栗っ!
補足:嵐山店は、店内に喫茶「玄以庵」があります。

栗に出会ったお店その2:びっ栗屋
特徴:おっちゃんのしゃべりにつられて買ってしまう。
注意:おそらく、いつもあるお店ではないと思う。

栗に出会ったお店その3:鶴屋吉信
秋のオススメ:栗まろ
25j-kuri 特徴:上品な甘さのこしあんにひと粒の栗が。あと、かわいい。
注意:その年に採れた栗がなくなると終了。

栗に出会ったお店その4:中村軒
秋のオススメ:栗ぜんざい
特徴:おいしいお餅とおいしい小豆とおいしい栗の三重奏(たぶん)
注意:栗の季節が終わったら終了。
(2009/2/24)

――思索と哲学の京都――

プロローグ
 いけぼうさんはうさこじぞうに頼みました「11/2に神戸でライブあるから、その日泊めて。で、次の日京都観光したいから案内お願い」と。それなら…とうさこじぞうは誘いました、ぬらさんを。「かくかくしかじかでいけぼうさん来るし、よかったら君も来ないかい?」と。……ぬらさんは誘いに乗りました。「別の用事もあるから前の日から来るよ」と。やったぁ、じゃあ3日は3人(+飼い主)で観光だね……と思っていたら、ぬらさんは3日に仕事が入りました。がーん。
結局、2日にぬらさんと2人(+飼い主)で観光してお見送り、いけぼうさんを出迎えて3日に2人(+飼い主)で観光、と相成りました。なお、今回はきものは着ません。
 それでは、本日は前編――思索と哲学の京都――をお届けします。

思索の京都
 2008年11月1日夜更け、ぬらさんは京都にやってきました。風邪をひいてのどがガラガラでした。「何もないけど、夜の嵐山でも見てく?」と誘ってみましたが、「何もないんやろ? じゃあいいよ」と、至極当然のお答えでしたのでそのまま拙宅までご案内しました。ぬらさんは身長が20cm違う私から寝間着代わりになるモノを、借りました。道理で荷物が軽いはずだ。そんなこんなで就寝。

(♪チャララララララ~)←ドラクエで宿屋に泊まった時のSE

24-kurodani 24-kurodanimomiji 明けて11月2日、いい天気です。朝ご飯を食べて準備して……と、気づいたらもう11時。のんびりしすぎたかしら。お目当ては黒谷(くろだに)さんと呼ばれ親しまれている、金戒光明寺。飼い主は「金戒(こんかい)光明寺なら次回は何寺だろう…」とぼそっとつぶやきました。……それはさておき金戒光明寺。法然上人ゆかりの浄土宗のお寺であり、幕末に京都守護職であった会津藩の本陣がおかれていたことでことに幕末ファン(←やわらかめの表現にしました)から人気です。そして、うさこじぞうが以前の家に住んでいた頃、時々道を間違えては辿り着いてしまっていたお寺でもあります。
 そんな金戒光明寺ですが、まぁ私自身は幕末の歴史も好きですし興味もありますが、ぬらさんがそういうのに興味がないであろうことは十分に承知していること。でも、私はある時、偶然にも見つけたのです。ここに、ぬらさんも好きそうなブツがあることを――。

金戒光明寺に着いてから数分、本堂らしきものをさらりと拝観。目当てのブツを探して左手の墓地へ。……どうも違うようだ…。向こうの方にも墓地がある、あっちだろうか。あっ…いた……

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ほら…
後ろに…

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アフロー!!

説明書きなどは何もないが、これが探し求めていたブツ(=仏)、その名を「五劫思惟阿弥陀如来(ごこうしゆいあみだにょらい)」とおっしゃいます。五劫というのはね……とペーパーボーズのうさこじぞうがぬらさんに説明しましたがどうもうろ覚えだったので、帰ってからIT系僧侶の兄に確認をとりました。以下、メールより引用します。

四十里四方の大きな岩があります。 そこに、百年に一度天女が空から舞い降りてきて、着物(天女の羽衣ですね。透けるほどうすいやつじゃないかな。なんせ天女の羽衣だから。)の袖でさーっと「ひとなで」して帰っていきます。 これを繰り返して、その大きな岩が無くなってしまうまでの時間を、「1劫」といいます。
なるほどねぇ~。ちなみにしっかり出典に当たります(当たってもらう)と、
四十里四方の石を、百年に1度ずつ薄い衣で払って、その石が摩滅しても劫は尽きない。 これを磐石劫という。
四十里四方の城に芥子を満たし、百年に一粒ずつ取り出し、すべての芥子がなくなっても劫は尽きない。 これを芥子劫という。 (出典「浄土真宗聖典註釈版」)
子ども心に途方もないなぁ、とお話を聞いた覚えがありましたが、途方もなさ過ぎて四十里を頭の中で勝手に4kmまでに縮めていました。ともあれ、そんな途方もない時間考えていたほとけさまは、髪の毛伸び放題になったそうな……。というか、螺髪は“伸びる”のでしょうか? “増える”の? それにしても考えすぎるにもほどがあるような気もしますが。ま、では、角度を変えて。

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じゃんっ!

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どーん!!

 というか、 アフロ仏ばかりあーだこーだ言ってますが、手前の方も何とも微妙……味のあるお顔の仏さまです。そのほかにも、何とも言えない味わいの仏さまがたくさんいらっしゃったので、まとめてご覧ください。
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味のあるお顔

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背中にフック?

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お、おっさん?

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むしろフツウ…


それにしても世の中にはいろいろな仏さまがいらっしゃるものですねぇ。ぬらさんさん曰く、「そんだけ長いこと考えていたわりにはこれだけで済んだんだ、って気もするね」と。……確かに。
 とにかく、これでミッション完了な気分となったので、金戒光明寺を後にしました。

哲学の京都

 さてさて、そろそろお昼を食べましょうか。今日の予定は知る人ぞ知る「かつ竹」です。雑炊が有名です。風邪をひいたぬらさんと風邪気味の私にはちょうどよいはず。でもでも、その前に車を停めねばなりません。そして、それがとんでもなく難しいことであることを、私たちは知るのです。
 銀閣寺の市営駐車場は満車で、駐車場に入るのを並んで待つことも許されず。近くのコインパーキングも軒並み満車。空いてません。空いていると思ったところは全て勘違いと見間違いでした。哲学の道、白川、東天王町付近をぐるぐると3周ほどしたかと思います。その行程は非常に哲学的なものであったといっておきましょう。とにかく、秋の京都で駐車場を探すことは、禅を究めることと同じように難しいです。
 「とりあえず車を置けるところ探してくるから2人で先に食べといで」と飼い主が言うので、じゃあそうしようかとお店に入りましたら、「ウチのガレージ1つ空いてるから停めてええよ」とおっしゃっていただきました(さっさと聞けばよかったんですね)。こうして、無事にご飯にありつくことができたのでした。
 かつ竹の名物は五味雑炊。ずいぶん前にいただいたことがあるのですが、ほっとする味です。私はこれを注文。あと、揚げ出し豆腐が、外側パリッとサクッと内側ふんわりで、非常においしかったです。ぬらさんは鱧茶漬け、ウチの飼い主は湯豆腐定食を食べました。いやぁ~、おいしかったね~。

 アフロ仏を見、お昼ご飯を食べたら、もう今回ぬらさんのために用意したネタは尽きてしまいました。なので、いったん拙宅へ帰りまして、嵐山にお土産を買いに行くことにしました。
 そこで我々が目にしたのは、やはりあふれんばかりの車の列と、すでにあふれかえった人の波でした。 24h-togetukyo
ぼったくりとしか思えない高い料金設定(10分100円や30分600円)の駐車場に入りきれない車の数。当然のことながら、その数倍とも数十倍とも思われる人の数。長辻通りの北から入り、流されるように(ぬらさんはおぼれるように)歩いていきます。
 ひとまずは、ハンドクリームがほしいというぬらさんのためによーじやへ。そういえばここんとこ、よーじやの薄黄色の紙袋を提げた女性をやたらめったと見かけます。秋はゆず風味(?)のあぶらとり紙とか売ってますからね。それにしても嵐山店も大にぎわい。カフェも満席、ショップも人が溢れてます。とてもじゃないけれど一緒に選ぶような余裕はありません。店の外で見守るしかありません。
 よーじやの次は和菓子屋さんの老松へ。我が家のお客さんにはここのお菓子をよく出しますが、今時分のおすすめは「栗しぼり」。夜にやってくるいけぼうさんに買っておこう、きっと気に入るはず。ぬらさんさんもどうですか? えー、でもウチ2人だし2つだけ買うのもなぁ……。じゃあ、5つ買うからそのうち2つを持って帰りなよ。3つはいけぼうさんと3人で今日食べるし。……じゃあ、そうするよ。……というやりとりがあり、後で分ける前提で5つ買うという何ともスマートな節約買い物をしました。(注:この辺、重要ですのでよく覚えておくように。)
 老松の後は、漬け物八ツ橋をご所望とのぬらさん様。漬け物はゴボウがいいなぁ、ですって。漬け物屋はよりどりみどりですが、どの店も奥へ進むのが困難です。斥候のように奥へ進み商品を一瞥し「ゴボウあり」「ゴボウなし」の報告をするも、戻ってくる頃には報告すべきぬらさんを見失いそうになるほどの人。3店めぐらいでゴボウの漬け物を見つけ、京都限定のものをご購入。ついでに八ツ橋も近くのお店で。「白・抹茶」か「栗」か迷いに迷っています。栗はさっき栗しぼり買ったから別の方にしなよ、とうさこじぞうが進言しに行った時にはすでに遅し。買わない私が店の中に一緒にいると邪魔だから、と思って離れて外にいたのがわざわいしました。すでにぬらさんは「栗入り八ツ橋」(「おたべ」だか「夕子」だか「聖」だか何だかは不明)を購入。思い立ってからほんの数メートル先のぬらさんのいる地点に行くのに大変な労力がいるのです。抹茶も栗も入ってもうちょっと少なめのセットも売ってくれたらよかったのにね。
 何はともあれ、このへんで買い物を終了させます。いろいろとおいしそうなものもありますが、人いきれに酔いそうです。荷物置き場と化しているうさこじぞう宅へ戻ります。……が、途中で中村屋総本店のコロッケを見つけてしまいました。見つけてしまったら仕方ない、ぬらさんのおやつにコロッケ一つ、ウチの夕食としてコロッケとメンチカツを2つずつ買いました。


 こうして嵐山を後にし、ぬらさんの京都観光は終幕を迎え、車で一路京都駅へ。こうしてぬらさんを駅まで送り届けて無事にぬらさん編は終了……といきたかったのですが、最後の最後でものすごい渋滞につかまりました。とにかく11月に京都に来られる場合は、宿、駐車場、道路、観光地、コインロッカー…等々、全ていっぱいですので、予約も移動も余裕をもって早め早めに動くようにしましょう。……それにしても連休の中日とはいえ、まだ11月初旬ですよ。紅葉もまだまだですよ。どうしてこんなに人も車も多いのかしら。いったい秋の京都に何を求めているのかしら。静かで美しい秋の景色? それを求める人々でこんなにも混雑するの? それは、皆が求めるがゆえにますます得がたくなっているのでは……? 等と哲学的な思索にふけっているふりをしながら車に揺られ、ともあれ無事に新幹線に間に合う時間に京都駅に到着。今度はもっとゆっくり来てねー、とぬらさんさんをお見送りしたのでした。

 さて、ぬらさんを見送ったうさこじぞうとその飼い主は、これからやって来るいけぼうさんに備えなくてはなりません。毎日お客さまを見送ってはお迎えする旅館やホテルの人の気分が少しわからなくもありません(ホントのところはわからないけど)。じゃ、さっさと帰って適当にご飯済ませて、待ってようか。あ、小腹すいたから途中コンビニで肉まん買ってこうよー。そだねー。……そんな時、うさこじぞうの携帯に一通のメールが!!
――以下、次号。

〈今回行ったところのおさらい〉
見たお寺の名称:金戒光明寺(こんかいこうみょうじ) 通称:黒谷さん
場所:京都市左京区黒谷町
アクセス:市バス「岡崎道」か「岡崎神社」か「東天王町」下車、徒歩10~15分ぐらい
駐車場:有料(800円)あり
見所:アフロ仏ほか個性的な仏像がたくさん。おそらく幕末維新の頃の空気を感じ取れる。
拝観料:一般拝観は無料(山門等の特別拝観は有料)
注意:もっと見るべきものがたくさんあるはずです。私の文章を鵜呑みにしないで。

お昼のお店の名称:かつ竹
名物:五味雑炊(五種類の薬味で食べる雑炊)、ほかのもおいしかったみたい
場所:銀閣寺にほど近い哲学の道付近(私では詳しく説明できない)
本音:静かな小さなお店なので、あまり教えたくない

買い物に行った地域:嵐山界隈
特徴:いわゆる景勝の地、土産もの屋がたくさん
困ったこと:とにかく人が多すぎる(11月は特に)
駐車場:あるけど高額なうえにそれでも満車であることが多い(ちなみに11月の連休が最高額のはず)
注意事項:11月の土・日・祝日は長辻通りは北行き一方通行
老婆心ながら思うこと:車で来ない方がいいのかもしれませんよ
(2008/11/12)

 京都には数多くの伝統行事や風俗・習慣が、ややもすると平安時代から続いているようなものが多く残っています。6月に入ると、数多ある和菓子屋さんの店先には「水無月」あるいは「みな月」などと貼りだされています。これは別に「今は6月ですよ」と分かりきったことを知らせているわけではなく(でも京都に来た頃の私はそう思っていた)、「水無月」という和菓子がありますよ、さあ(ウチの店で買って)食べましょうね、というアピールです。そして、それは6月の30日に食べるものとされているのです。
 じゃあ何で6月30日にそんな菓子を食べるのかというと、夏越の祓だからです。何だそりゃ?と思ったら、「京都大事典」で調べてみましょう。


夏越の祓 なごしのはらえ
各神社で六月晦日に行う神事。大祓(おおはらえ)・名越祓・水無月祓ともいう。一月から六月まで半年間の罪けがれを除く伝統的な神事で、一般に、茅の輪をくぐる茅輪(ちのわ)神事が行われる。――以下略――

とあります。ちなみに、「京都・観光文化検定試験 公式ガイドブック」によりますと「日本最古の宗教行事でもある」と書かれております。そういえば、大学でもそんなことを聞いた記憶があります。言葉の響きが好きでなんとなく覚えていましたが。
 ということで、夏越の祓とは厄払いの行事なんですね。人間とは欲と業の深い生き物でして、半年もすれば罪けがれだらけになる、と。さらには、できればそんな嫌なものは神様に祓っていただきたい、というそれも欲ではないかという願望も持っている、と。

 それじゃあ、その罪けがれを大いに祓ってもらおうではないかということで、「今年は本厄だから厄払い行脚しています」という酔いどれパンダさん、「何それおもしろそう、あ、私も後厄やん」という感じの酔いどれ図書館員さん、そして「夏越の祓の日ってちょうど休みじゃん」と言い出しっぺの私・きよこ(後厄)の3人で八坂神社へと繰り出しました。あ、八坂神社を選んだのは交通の便がよいからです。

 神社境内に着きますと、おっきな輪っかが鎮座しております。これが噂の「茅の輪」ですね。

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23b-0630-02 大人がちょうど通れるくらいの大きさです。一応の予習はしてきましたが、右の方に作法が書いてあります。3回くぐり抜けるのですが、一度めは左回りに、二度めは右、そして最後また左にくぐるそうです。ものによっては右足からくぐる、と書いてあるものもありました。さらに、唱え言葉を唱えながらくぐるようです。こういう言葉です。
みな月の なごしの祓 する人は 千年(ちとせ)の命 のぶというなり
思う事 みなつきねとて 麻の葉をきりにきりて 祓いつるかな
蘇民将来。蘇民将来。」(繰り返す)
これをくぐるときに順番に唱えるようです。では早速くぐってみましょう。
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×3
さあ、祓えたかな?

23d-0630-06  と、そうこうしているうちに、何やら人の動きがあります。15時からの神事が始まるもよう。人の集まっているところへ行き、流されるまま神職の方から何やら白い封筒を渡されます。これは記念品とかお土産ではなく、中に人形(ひとがた)が入っておりました。神職のお兄さんが何度も「これは持って帰ってはいけません。これは神事です。」と繰り返されていたのが印象的でした。

23e-0630-10粛々と神事は執り行われます。「低頭」と言われれば参列者は皆立ち上がり、脱帽低頭します。低頭している間、何やら祝詞というのか、お言葉を読み上げておられました。がんばって少しでも記憶しようとしていたのですが、3日もあれば忘れるのには十分すぎるくらいです。おそらく、半年分の罪けがれを祓います、――といったことではなかろうかと思います。そして、先ほど渡された封筒を開け、中に入っている小さな四角い紙切れを左、右、左の順にばらまきます。その後、残った人形(ひとがた)に三度息を吹きかけ、悪いところをなでて、先ほどの神職のお兄さんに渡します。

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集まった人形は、祓い清められ、いずこへか持って行かれました。しかるべき場所でしかるべき処置をされるのだと思われます。

 全てが済みまして、改めてみんなで茅の輪くぐりを行います。おそらく総代さんみたいな人たちが先にくぐられ、一般参列者が後に続きましたが、ものすごい行列です。50人、100人ぐらいはいたのでしょうか? みんなが順番にひだーりー、ぞろぞろ…、みぎぃー、ぞろぞろ…、最後にひだりー、ぞろぞろ…とくぐるので、結構な時間を要しました。その間、神社の方が例の唱え言葉の説明をしてくださっています。これこれこういう言葉を唱えます。このような意味があります、と。でも、三つめの蘇民将来の説明がよく聞き取れず、気になったので調べてみました。ええ、やはり「京都大事典」です。疫神社の項にあります。


疫神社 えきじんじゃ
東山区祇園町北側にある八坂神社境内摂社。祭神は蘇民将来(そみんしょうらい)。蘇民将来社とも称す。社伝によれば素戔嗚尊(すさのおのみこと)が一夜の宿を求めた時、巨旦(こたん)将来はこれを拒んだが、弟の蘇民将来は求めに応じ粟飯でもてなしたので、尊はこれにこたえて、悪疫が流行しても「蘇民将来之子孫也」と記した茅の輪を腰に下げれば免れると告げ、このため蘇民一家は無事に暮したという。一月一九日の例祭疫神祭では、この故事にちなみ社前の鳥居に茅の輪を掛け、これをくぐると悪疫から免れるといい、参詣者に粟餅を授ける。また七月三一日にも茅の輪を掛けて夏越祓(なごしのはらえ)をし、茅の輪守りを授与する。

なるほど、それで「蘇民将来、蘇民将来」と唱えるんですね。納得。そういえば祇園祭の粽にも「蘇民将来之子孫也」と書いてなかったかなぁ。

23j-0630-19 とにもかくにも、これにて夏越の祓は終了。八坂神社クイズが開催されているのでちらりとのぞいて、でも解くことはせず、八坂神社を後にします。そして、この日の締めくくりはもちろん、水無月。実は小豆というか甘いものが苦手なので、私・きよこの人生初水無月です。だいたい、京都に来るまでこんなものの存在知りませんでした。ところで、水無月とはいったい何でしょう。「京都大事典」に聞いてみましょう。

水無月 みなづき
六月三〇日、夏越(なごし)の祓(はらえ)の日に食べる生菓子。三角形の白い【米参】粉(しんこ)菓子の上に、甘く煮た小豆を散らす。陰暦六月一日を氷の朔日(ついたち)・氷の節句と称し、この日氷を口にすると夏痩せせしないといわれ、宮中では臣下に氷室の氷を賜わった。水無月はこの氷をかたどったもので、宮中にならって民間で祝うもの。上にのる小豆は悪魔祓いの意ともされる。
*「米」へんに「参」で「しん」。「しんこ」菓子についてはご自分で調べてください。
 
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ういろうだと思っていたら(実際、下はういろう生地であるとしてあるものが多い)、しんこ菓子なるものなんですね。まぁ、私にはどっちでもいいです。酔いどれパンダさんによると「小豆は天然痘のもがさの赤いぶつぶつを表している」「いやいや、氷室の氷についた砂を表している」との情報があるとのこと。そんな知的会話を(主に)交わしながら、茶房華心で水無月をいただきました。もっとくどい甘さかと思っていましたが、意外にすっきりしたお味でした。

 こうして祓いに祓ったので、身も心もすっきり!――となればよいのですが、もうすでに下半期の罪けがれが積み重なりつつあるのを感じずにいられません。それはそれとして、初めての夏越の祓体験を、とどこおりなく終えることができました。

おことわり:私・きよこは神事にとことん疎い(何せペーパーとはいえ坊主である)ため、文章中に間違いや勘違いや不謹慎と思われる発言や、その他おかしなところがあるかもしれません。間違いはやんわりと指摘していただいたらありがたいですし、なおかつ笑って許していただけたら嬉しいです。

行事名称:夏越の祓(なごしのはらえ)(と、水無月)
効能:1月~6月の半年分のけがれを祓う。無病息災。夏痩せしない。
実施場所:京都市内各神社(今回記事は八坂神社)
八坂神社へのアクセス:阪急「河原町」、京阪「四条」から徒歩5分ぐらい。市バスは「祇園」下車すぐ。
備考:7月31日に疫神社の夏越の祓(祇園祭のラスト)があるそうです。
参考資料:佐和隆研ほか編「京都大事典」(1984年、淡交社)
       京都商工会議所編「改訂版 京都・観光文化検定試験 公式ガイドブック」(2005年、淡交社)
(2008/7/3)

 いつでも、いつまでもそこにいるものだと当然のように思っていた。2007年11月11日、最期の時を迎えたのは、お稲荷さん。

 平安神宮の巨大な鳥居のほど近く、白川沿いの小さなスペースに、こぢんまりとしたお社があります。お名前は三谷稲荷社

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22c-mitani-minasamahe  10月の終わり頃でしたか、脇を歩いていたら、以前にはなかった貼り紙が(写真見づらくてすみません)
 この貼り紙によると、「社守の後継者が無く」なったようで、「やむなく御霊にお帰りいただくことに」なったとのこと。そして、「11月11日(日)11時」という1並びの日に「最後の祭祀」が執り行われるとのこと。想像するに、いろいろと残す方策を模索された上での、つらいつらい決断だったんだと思います。お察しいたします。
 そんなら私は最後の祭祀に参詣したかというと、残念ながら家にいました。家から三谷稲荷までけっこう遠いからねぇ。そんなわけで、最後の祭祀は見たかったのですが見ませんでした。

 さて、この三谷稲荷社はどのようなお社かと申しますと、実は詳しいことは何もわかりません。「京都大事典」をはじめ京都関係資料、神社関係資料、稲荷信仰関係資料などなど、図書館で様々な資料を探しましたが、全く見つかりませんでした。

なので、わかっていることといえば、
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平成8年11月建立(?)ということ。ちょうど11歳。(そりゃ「京都大事典」に載ってるはずがない)


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お稲荷さんだから当然狐が祀られていること。


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灯籠(?)というかろうそく台(?)の小窓がハート型だということ。知人に教えてもらいました。

それぐらいです。


 さてその後、「最後の祭祀」の後に三谷稲荷はどうなったんだろう、更地になっているのだろうか。と、ある日ふと見に行きましたら、まだ変わらないお姿……と思わせて、よく見るとやはり肝心のお稲荷さん(狐)がおられませんでした。

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 何だか、ちょっと寂しくなった出来事でした。……またいつか、ここに戻ってくることはあるのかな。

場所:京都市左京区岡崎円勝寺町(かな?)
アクセス:地下鉄東西線「東山」駅下車、徒歩数分
チャームポイント:ハートの小窓
備考:2007年11月11日をもちまして御霊にお帰りいただいた、そうです。寂しいですね。

《おまけ写真》
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「カニ」「サー」があるよ、と友人が教えてくれました。わが友人ながら、くだらなくも面白いです。

(2007/11/27)

021a-cloud  「貴船で流しそうめんが食べたい」――。
 ついついそうつぶやいてしまう、暑い暑い2007年の夏。その夏も終わりに近づき、秋の声が聞こえ始めた9月の連休。思った以上に暑くなったその日、思い出された野望の達成をめざし、一路「京の奥座敷」貴船へ。空には入道雲。まるで盛夏である。

 出発前にネットで下調べをすると、貴船で流しそうめんを食べられるお店は2軒。1200円で温玉つきの「ひろ文」さんをめざすことに。気になるのは、予想される混雑。「待ち時間が1時間以上」「できるだけ午前中の早い時間に」とわざわざ断られている。……時すでに午後。でも、もう9月も後半だし、少しは混雑も緩和されているのではないかと淡い期待を抱いて出発。
 貴船周辺まで来ると、それまでの「もしかしたら空いているかも」という期待をうち砕くかのように、突然それまで空いていた道路が混雑。細い道を車が行き交い、離合、離合、離合の連続。前の車に続いてなんとなく山道を上がっていくと、駐車場はどっこも空いておらず、仕方ないので来たUターンしてまた離合を繰り返しながら道を下りることに。貴船の入り口近くの駐車スペース(?)にかろうじて駐車。道を間違えたのもあり、1時間近くをロス。
 

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 改めて貴船川沿いを歩き上る。ここは京都の市街地より4~5度ほど低いと言われる貴船。木陰を吹き渡る風せせらぎが涼しさを誘う。……と言いたいが、この日の予想最高気温34度。涼しいはずの貴船でも30度近くになっている計算。上り坂を歩いていると、じわっと汗ばんでくる。飼い主に至ってはじわっとどころか、汗だらだらである。
 道路両脇の様々なお店を眺めつつ、すきやきの客引きをかわし(暑いって)、それらのほとんどをスルーして(だって高いもん)、上をめざす。そして、目的の「ひろ文」に着いてみると、 021d-waiting

がーん。
うーん、30分から1時間か……待つのは嫌いだけど……、待てないこともない…けど……。やっぱりやめよう。流しそうめんは初めてじゃないし、川床は何だか落ち着かなさそうだし。そうさ、人間、諦めることも大事だ。挫折はチャンス! さ、気分を変えてどこか別のところで何か食べよう。と、自分を納得させて「ひろ文」さんを後に。でも、川床料理って高い会席がほとんどだし、すきやきとかしゃぶしゃぶは暑いし、ウチの飼い主は川魚食べないし、いったいどこで何食べよう……。そう思いながら歩いていたら、流れてはいないが「冷やしそうめん」のあるお店を発見。じゃあ、ここにしようと「鳥居茶屋」さんへ。

021e-tsurutsuru  2人で「冷やしそうめん」「貴船そば(とろろ付き)」を注文。うなぎきんし丼も捨てがたかったけど。どちらにも温玉(温泉玉子)が付いていて、なかなか私好み。私は普段あまりおそばを食べないのだけれど、とろろ(大好き!)にそして温玉(大好き!!)がおそばにほどよくマッチ。そして甘く煮たしいたけがまたいい感じのアクセント。上々のお味でした。小さなしいたけのしぐれ煮(?)もおいしかった。ついでに言うなら、冷たいお茶もおいしかった。ごちそうさまでした。川床じゃないけど、その分落ち着いて食べられて、私たちにはむしろよかったかも。

 食事をして心も胃袋も癒された状態で、足取り軽く帰り道を歩く。行きと違い下り道のせいか、それとも時間が経ったせいか、涼しさが増したように感じられる。景色を眺める余裕も出てくる。貴船の風景を写真におさめようとカメラを構えると、ファインダーの向こうには――何とも愛らしい子鹿が。こんな時のために倍率の高いカメラに変えてよかった。手ぶれで20枚近く失敗しつつも何とか数枚は撮影成功。思えば、奈良公園以外で鹿なんか見たことないかも。何だかすごく得した気分。今日、いや今この時、貴船に来てよかった、と思った。

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 「こんなところにも鹿がいるんだ」――そう思ったが、よく考えたら人間の方が鹿のいるような山に進出してきたんだよなぁ。鹿ちゃん、邪魔してゴメン。ふと辺りを見回すと、深い森が広がる山の景色の中、舗装されたアスファルトの上に立っている。自然の多く残るところに、人は多く集まるけれど、人が多く集まりすぎてしまうと、自然はどんどんなくなってしまう。そんなジレンマに思いを馳せながら、車に乗り込み帰路を辿った。やっぱり車で来ない方がいいのかも、と思った帰り道だった。

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途中にあるお言葉。もしかしたら前に来たときも撮ったかも。

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花畑に遊ぶ子鹿。のイメージ(というか手ぶれ)

場所:貴船(左京区鞍馬貴船町)
アクセス:叡山電鉄「貴船口」下車、京都バス乗車「貴船」下車。あるいは貴船口から自然の風を感じながら歩く。叡電の「きらら」で風景を楽しむのもオススメ。
乗用車:避ける方がよい。できるだけ自然の風を感じながら歩くべし。車で来てしまったら、どうせ上の方に駐車場はないのでさっさと停めて自然の風を感じながら歩くべし。
運転技術:離合が難しいので、高度な運転技術を要する。
駐車場:ないと思うべし。お店を予約している場合はそこの駐車場に停められることも。
服装:夏といえど涼しく、涼しいと思っても坂道であり暑くなるので、調節できる服装を。あと、歩きやすい服装の方がよいでしょう。ヒールはつらいはず。
流しそうめん:できるだけ平日午前中の早めの時間に。「待つ」ことのできる忍耐力のある方向け。
野生動物:鹿や猿がいるそうです。近づかず、目を合わさず、エサをやらず、そっとしておくこと。
参考HP:貴船HP(貴船のお店、貴船マップ、歳時記など、役立つ貴船情報満載)

(2007/9/18)

3月21日 薄曇り 黄砂舞う午後
020a-0321-krmzk1  この数日前にデジタルカメラを新調し、浮かれた感じでカメラ片手に撮影散歩(というかサイクリング)に出ました。コースは、嵐山商店街(買い物)→渡月橋→中ノ島公園→松尾橋(団子屋)→郵便局を探して迷子通りすがったから車折神社→なんとか自宅……とまぁ、そんな感じ。この日は、嵐山の桜はまだまだだったように記憶しています。ま、咲いていたらしっかり写真に撮っていたことでしょう。
 そうやってぶらりと立ち寄った車折神社にて、桜が咲いているのを発見。「渓仙桜(けいせんざくら)」という名の付いた桜だそうで、画家・富田渓仙が寄進したものであるとのこと。これは品種名ではないですよね。品種は……何でしょう? 早くに咲いていたし、彼岸桜とかでしょうか? それとも、これも河津桜でしょうか?(車折神社のHPには河津桜と、渓仙桜の紹介があります)だいたい7分咲きといったところでしょうか。夕暮れ時でしかも黄砂も舞っていたため、鮮明な写真というわけにはいきませんでした。
 

3月25日 よく晴れた夕暮れ時
020b-0325_budocenter  桜馬場通りから見た京都市武道センターの庭の桜。私の行動範囲で毎年いちばん早くに咲く桜です。枝垂れ系ですね。濃いめのピンク色の桜が咲きます。アップするつもりがなかったので撮影は携帯のカメラで携帯用画像。もう2、3日で満開、というところでしょう。
 それにしても、「桜馬場通り」という名前がいいじゃないですか。と今年初めて思いました。武道センターは確か武徳殿と関係があったような記憶もあるし、だから“桜”“馬場”なのかしら…と思ったりして。
 

3月26日 ぽかぽか陽気の昼下がり 
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 夜は飲みに行こう、でもその前に花見もしよう! ということで、友人たちと京都御苑でミニ花見。当日はちょっと汗ばむくらいにいい天気でした。まだ3月で、しかも平日というのに花見の人でたいそうにぎわっていました。
020d-0326-gyoen7-sakuramoti  そして事前下調べの甲斐もあって見事に満開! おそらく枝垂れ桜でしょう。ここ以外にも満開の桜が数本あり、濃淡いろいろのきれいな桜が見事でした。残念ながら私の撮った写真にそれがキレイに出たものはありませんでした。
 そして、おやつに桜もちを食べました(ちょっぴりお酒も飲みました)。「花見には桜もちよね」と思って買っていったのですが、2人ほど意見が合ってしまい参加者5人に対して、桜もちが16個ほどになってしまいました。ま、それもよき思い出よ……。写真は桜もちで有名な嵐山の琴きき茶屋の桜もち。葉っぱ二枚で包まれ、中にあんこは入っていません。あんこ入りタイプも売っていますが、白い方がめずらしいし、どうせ私はあんこ苦手だし……。

4月1日 薄曇りの午後
020e-0401-arasiyama2  久しぶりに夫婦そろっての連休となった週末。そろそろ花見客も増えてくるだろうけれど、見頃は来週ぐらいかな、という嵐山周辺を散歩。そろそろ、と言いつつたくさんの観光客で賑わっていました。
 この日は、中ノ島公園の中ほどにある大きな枝垂れ桜だけが見事にほぼ満開でした。だいぶ老齢の樹のようです。ほかはまだちらほら。ハトが特等席で花見をしています。
 そしてこの日もっとも気になったのは近くの駐車場の料金。嵐山近辺に昨年できたばかりの駐車場は最初の1時間1200円で、その後30分ごとに600円、という料金体系。……ちょーーーーっと高すぎやしないだろうか? しかし、この駐車場、ほぼ満車でした。そうまでして車で来るか? みなさん、車の排気ガスは桜によくないですよ。

4月7日 闇の中で
 その日、とっぷりと暮れた岡崎の疏水の桜は光に照らされて輝いておりました。
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 写真の場所は京都国立近代美術館の横の辺り。岡崎公園桜まつりというイベントが開催されました。その一環として、疏水の桜がライトアップされたようです。今年(2007年)初めての試みとのこと。
 そういえば、これが初めてのソメイヨシノですね。桜はほぼ満開。鏡のように水面に映る姿は確かに美しいです。でも、私は昼間の桜が好きですけどね。とにかく昼間はものっっすごい人の多さでした。数年前、岡崎桜回廊十石舟めぐりに乗るのに、4時間かかるほどの人出だったと聞いたこともありました(きっと今年もそうだったと思う)。みなさん、かなりの覚悟を決めて花見に来ておられるようです。でも確かに、桜の時季は短いからなぁ、仕方ないのかな。

4月8日 はなまつりの午後
020g-0408-jutai  夕飯の材料の買い出しのついでに外へ出ました。嵐山はとてもじゃないが人が多くて歩けないだろうと予想して、嵯峨釈迦堂(正しくは「清凉寺」)方面へ。どこをどう歩いたかよく覚えておらず、実はちょっと道を間違えたりしながら散歩しました。途中、イヌやゾウや地蔵や道路をつきやぶった竹の根っこなどの写真を撮りましたが、撮影するほどの桜はあまりありませんでした。
 帰りに、京都でもっとも有名なお豆腐屋さんである「森嘉」さんで買い物をして帰りました。ふるっふるのやわらか~いお豆腐があります。私はまだちゃんと包丁で切れた試しがありません。それぐらいやわらかいお豆腐です。あ、でも確かこの時はそのお豆腐じゃなくておやきを買ったかな。
 なお、その時に見た渋滞がものすごくて唖然としました。普段そんなに車が通る道ではないのです。何が楽しくて京都まで来て渋滞作ってるんですか。嵯峨嵐山で1時間も2時間も車乗ってて楽しいわけないでしょうが。何度でも言います。悪いことは言わないから、車では来なさんな

4月9日 平日にチャレンジ
 日曜は混みすぎてムリでも、平日なら少しマシではなかろうかと思って嵐山の中ノ島公園にデジカメ持ってレッツゴー! ……と思ったら、平日でもかなりの人出でした。
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 何とか粘りに粘って撮った写真のうちの2枚です。ホントはもっとキレイな構図を狙っていたのですが、あまりに記念撮影の人たちが多く、断念してしまいました。
 数本ある枝垂れ桜は木によって色の濃さが違い、なかなかのものでした。また、1本はその木の中で色の濃さの違う花が咲いており、サクラ色といってもいろいろあるんだなぁ、としみじみ感じたました。そして、また木の上にはハトがいました。

4月12日 雲ひとつない早朝
 このへんの地名も岡崎かな? 疏水は疏水ですが、ライトアップの時とは別の場所です。
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 いつもは泳いでいるカモの姿もこの時は見あたらず、やはり鏡のように凪いだ状態の水面に映る景色がいいですね。すがすがしい。

4月15日 青く澄みわたる空に
020k-0415_arasiyama-yaezakura  これが最後か、とばかりにまたも嵐山・中ノ島公園へ。
 前の週までに咲き誇っていたたくさんの桜は散り、桜の季節の終わりを感じさせ少し寂しいものとなっておりました。それでも、公園の奥の方には、今度は里桜(あるいは八重桜と呼ぶのがいいのかな)がきれいに咲いておりました。ぽてっとした花はすごく愛らしいというか、愛嬌のある感じがしました。そして、やっぱり天気がいいと桜は映えますね。携帯で撮ったわりにキレイですもん。
 枝垂れ桜→ソメイヨシノ→里桜と続いた嵐山の桜たちともこの辺でお別れのようです。ソメイヨシノは見られなかったけど、それはまたいつかの楽しみにとっておきます。どうもありがとうございました。

4月19日 お弁当を食べながら
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 岡崎公園の中にある公園、って言い方はわかりにくいかしら(でも、岡崎公園って確かあの一帯を指すはずだし、その中に公園も確かにあるのです)
 天気がよかったので、友人を誘ってお昼ご飯。中央の枝垂れ桜(かな?)がだいたい満開ぐらいでした。ソメイヨシノの盛りが過ぎたので、比較的のんびりと眺めつつ食べることができました。
 そして、別の桜の木にはやはりハトが。「梅に鶯」のように「桜に鳩」という言葉ができるかもしれません。

 以上、さくら日記 2007でした。2008以降があるのかどうかは、その時になってみないとわかりません。

(2007/5/8)

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