まるで、木曜8時(テレビ朝日系列放送)の、ミステリードラマみたい――。そんな印象でした。それがこの、“裏(マイナー)京都ミステリー”と銘打たれた短編連作ミステリー『支那そば館の謎』『ぶぶ漬け伝説の謎』の2冊。

 過去に暗い傷のある主人公。何にでもすぐ首をつっこみたがり、事件を持ってくる(時にややこしくする)ヒロイン。豊富な人生経験からか、本質を見抜くすぐれた直観力からか、複雑に絡まる謎を解きほぐす一言を放つご老公的人物。何回めかの話で事件当事者として登場し、その後レギュラー化するお調子者。登場人物たちが行きつけにしているおいしいお店(これ重要)。周囲に謎(ミステリー)が多く起こっても一応おかしくない設定(たとえば警察関係、探偵、新聞etc)。そして、舞台・題材は知る人ぞ知る“裏(マイナー)京都”。ほら。タイトルに“京都”と入っているだけのいくつかのドラマより、ずっと面白いドラマになりそうじゃないですか。

 そのわかりやすいキャラ設定の登場人物たち。
 主人公のアルマジロこと有馬次郎は、京都が誇る貧乏寺「大悲閣」で静かに暮らす寺男。しかし、元は“怪盗”として裏の世界で大活躍していた広域窃盗犯。彼が事件に巻き込まれ、彼が時に特殊能力を用いて謎を解きます。
――僕は顔には出さずに、密かに精神のモードを《俺》に切り替えた。
 彼に事件を持ち込む(事件に巻き込む)のは、ヒロイン折原けい。自称みやこ新聞文化部エース。思い込みが激しく、突っ走りやすい、そのへんはベタなキャラ設定。
――「まっかせなさい。みやこ新聞エース記者の称号は伊達じゃない」
 大悲閣のご住職。そういえば、名前は出てこない。非常に卓越した洞察力、直観力、その他諸々によって事件を解決に導くヒントを出したりします。深いお人柄。
――「有馬次郎君、君は山を下りなさい」
 バカミス作家の水森堅・通称ムンちゃんは、すちゃらか、脳天気、そしてトラブルメーカー。ひょんなことから事件に巻き込まれ、その後、大悲閣にご厄介に(本当に厄介)なることに。
――「中身がないって、それは僕の小説のこというてるん、それとも人間性かあ」
 京都府警の碇屋警部は“税金泥棒”と呼ばれております。時々鋭そうな気もしますが。
……主な登場人物はこんな感じですね。あと、寿司割烹十兵衛の大将やKON'S BARのマスター・カズさんといった人たちも。

 さて、主な舞台は嵐山にあります、大悲閣千光寺。どういうところかといいますと、

嵐山の渡月橋からさらに大堰川~保津川沿いの山道を歩くこと二十分。人里離れたという言葉がかくも正確に聞こえる場所を他に知らない辺境の地に、大悲閣千光寺はある。高瀬川開削で知られる角倉了以を中興の祖とし、かの芭蕉翁もこの地を訪れて一句詠んだ――その句碑が今でもある――とされるれっきとした名刹だが、今はその面影は何処にもない。生粋の京都人でさえも、その存在を知る人は少ないと陰口を叩かれる、いや、陰口さえ叩かれない由緒正しき貧乏寺……(「異教徒の晩餐」より)

確かに、知られていない。生粋の京都人とおぼしき同僚数名に聞いてみましたが、知らないようでした。 でも、実際に行ってみたらいいところでしたよ。

 『支那そば館の謎』には、「不動明王の憂鬱」「異教徒の晩餐」「鮎躍る夜に」「不如意の人」「支那そば館の謎」「居酒屋 十兵衛」が収録。そして、『ぶぶ漬け伝説の謎』に、「狐狸夢(こりむ)」「ぶぶ漬け伝説の謎」「悪縁断ち」「冬の刺客」「興ざめた馬を見よ」「白味噌伝説の謎」が収められています。

 語り口はで軽く、しかしミステリーは上々。そんな感じでしょうか。それぞれのミステリーの核はあくまで京都のガイドブックには載らないような奥深いところの話。
 たとえば、京都の、肋間神経痛を引き起こすほどの底冷えの冬。そして銭湯
 はたまた、鯖寿司…鯖の棒寿司という、京都独特の食べ物。
 ある時は、五山の送り火。送り火そのものは超がつくほどの“表”京都ですが。あの混雑。そして京都人ならだれでも持っているといわれる、送り火のベストビューポイント。そのあたり。
 またある時は、弘法さんと天神さんという2つの。そして太秦の撮影所。その界隈の特異性。慣れるとただの景色ですが。
 京町家という住宅の事情。からくり。
 けちくさいというべきか合理的というべきか、マッチに刷られた広告にさえ垣間見られる、京都人。

 狐と狸の化かし合い。きつねうどん、たぬきそば、たぬきうどん。京都「たぬき」を注文する時はご注意を。長年住んでいると、たぬきに慣れてきている自分がいる。冬にたぬきうどん、うまいですよ。
 「ぶぶ漬けでもどうどすえ?」というかの有名な京都人いけず伝説。確かに、言われたことはない。そんな生粋の京都人の家に行ったことがないからかもしれないが。
 縁切りで名高い安井金比羅の奇妙な形代。「浪費癖と縁が切れますように」「吝嗇癖と縁が切れますように」京都人には吝嗇と浪費が同居する。
 みたらし団子の発祥は京都・下賀茂神社。ご存知でしたか? 団子は5つ。それぞれ頭と両手両足をあらわしている。とすれば、上の1つがないものは、……殺人予告?!
 絵から飛び出た馬の交通事故。
 京都の甘い白味噌にまつわる甘くない事件。なお、すでに甘い白味噌にさらに砂糖を入れてお雑煮を作る、という京都人の知り合いもいます。

 私は、「ぶぶ漬け伝説の謎」が好きですね。「ぶぶ漬け伝説における民俗学的考証」……いいフレーズだ。あながち、あの推察は正鵠を得ているのではなかろうか、なんて。あと実は「鮎躍る夜に」が好きです。とても悲しい事件なんですけど。それから、「白味噌伝説の謎」。最後にぞくっとするような……。あの感じが。
 少々重いテーマであっても、語り口のせいか、軽く感じられます。それがいいところ、だと思います、私は。

 この本を読んで、感じたこと。ひとつは出てくる食べ物がおいしそう。十兵衛の大将のつくる創作料理、カズさんのカクテル、大悲閣での日々の食事。どれもがおいしそう。そうとなれば、これは“食べたくなる”本だといえるかもしれない。北森氏の作品は出てくる食べ物がおいしそう。
 また、“読みたくなる”本でもあると思う。作中のいろんなところにほかの作品がちりばめられており、それらを読みたくなるんです。林屋辰三郎『京都』。五木寛之『蒼ざめた馬を見よ』。高野悦子『二十歳の原点』。そうそう、バリンジャーの『歯と爪』なども。そして、他作品へのリンクは数あれど、いちばん読みたくなるのは何と言ってもこれでしょう。実世界には存在しないのが残念だけれど、ムンちゃんこと水森堅センセの「花の下伸ばして春ムンムン」第6回「大日本バカミス作家協会賞」受賞作品! いったい、どんだけバカバカしいミステリなんでしょう。北森氏の『花の下にて春死なむ』と合わせて読みたいです。
 そして、最後に“住みたくなる”本ではないでしょうか。観光旅行ではなかなか訪れない京都が多く描かれておりますし、何より住んでわかることがたくさん。15年以上京都に住んでいて知らなかったことが、この本を読んで初めて知った、なんてこともありました。言葉は知らなかったけれど、実感としては知っていた、というのもありました。“油照り”“夜秋”なんていう言葉がそうでした。“巡りたくなる京都”小説が川端康成の『古都』だとすれば、こちらは“住んでみたくなる京都”小説――。そういっては過言でしょうか。ま、「京都に住みたい」なんて言ったら京都人の前で言おうものなら、「夏はあっついし、冬はさっぶいさっぶいし、春と秋は観光客でだだ混みやし……」といった感じで、あれやこれやと京都のヤなところをさんざん挙げられるでしょうけれどね。でも少なくとも私は、この小説を読んで、京都に住んでてよかった……と思いましたよ。

「鮎躍る夜に」のラスト、折原と有馬の会話。

「もしかしたらさあ、この京都には密かに悪党を退治する秘密組織があったりして」
「なんやそれは。テレビの見過ぎやで」
「ンでもって、組織の元締めがここのご住職だったりするの」
「じゃあなにかい。僕はご住職の命を受けて闇に暗躍する、エージェントちゅうわけかい」

――そんな裏の京都がホントにあるかも……。

(北森鴻「支那そば館の謎」2006年7月、「ぶぶ漬け伝説の謎」2009年8月、光文社、光文社文庫)

 

(2010/5/11)