ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

たとえアイコンがうさぎになろうとも、ヒト型ネコはゆずらないっ!
ごはんおかわり! お茶も!
あ、ぶぶ漬けでもどうですか?

この館内で発表している作文や感想文などは、全て私(きよこ)のオリジナル作品である。当然ですね。人のもの借りてきてそれでサイトを作ってしまうわけにもいけませんしね。

でも、この“オリジナル”ということにこだわろうとすると、けっこうこれが難しい。なぜなら、それが人真似でないということを立証することが難しいから。何でも「ない」ことを立証することは困難なのである。私の知らないどこかで、私と似たようなことを考えて、似たように発表している人はいるかも知れない。というか、いると思う。でも、正直言って、そんなこと調べてられるはずがない。

この現代のインターネット社会、私ごときがこうやって自分の文章を発表できるんだもの。知らない人の知らない文章がたくさんあって、知ってるものより知らないものの方がはるかに多いはずだ。まぁ、誰もそうやって自分のものがオリジナルかどうか調べたりしないと思うけど。

でも、いち作文家としては、できるだけ、よそにないものをよそにない言葉で語りたいと思いもするんですよ。出すもの出すもの「あ、これどこかで見たことある」と思われるのはシャクですし。

しかし、世の中は広いので、やっぱり自分と同じことを考える人はいるのである。だいたい、本を読むにしろ、サイトを見るにしろ、人と付き合うにしろ、何かしら自分が共感できる人のものと接することが多いのがフツウだと思う。すると、テレパシーのようにその人が私の文章を先取りしていることがある。だから、「あぁ、この人も同じこと考えてる」……と思うことがしょっちゅうある。

ここで、ふとある考えに行きあたる。そもそも、オリジナルって何だろう。全くのオリジナルはありえるのか。無から有を生み出すことはできるのか、である。(また変なこと言い出したかな。)

私の頭の中に在るものは、もちろん私の頭が考え出したことであるが、これまでにさまざまな影響を受けてこういう考え方をするようになったはずだ。 例えば、「バラは美しい」と思ったとして、“バラ=美しい”という概念、あるいは“美しい”とはこういうことだ、という情報を仕入れてなければいけない。それが仕入れられてなければ、バラを見ても「美しい」とは感じないはず。美醜、善悪、好悪、……。これまでの人生でいろいろなところで影響を受け続けて、自分の価値基準ができているんじゃなかろうか。

私は、思想や思考は化学反応と同じようなものだと思っている。全く何もないところから出てくるんじゃなくて、二酸化マンガンにオキシドールを加えて酸素ができるように、石灰石にうすい塩酸を加えて二酸化炭素ができるように、どこかで仕入れた情報や考え方などがいくつも混じり合い、自分の頭の中で分裂や結合などの反応をすることで、こう、いわば弁証法的に(?)“新しい考え”ができるんじゃなかろうか。だから質量保存の法則も当てはめて、「何もないところからは何も生まれない」。

あるいは、料理のようなものかな、とも考える。材料があってそこから料理が生まれるのだが、同じ材料を使っても違う料理ができたり、新しい味が生まれたり、するような。オリジナルレシピを作ったとして、今までに食べてきたもののデータから判断して“オリジナル”を作るはず、だと思う。

何が言いたいかというと、独自の考えと思っているものも、どこかに元があるんだ、ということ。

もちろん、そうやってできたものは、もう“新しいもの”と言ってよいと思うんですね。思うけど、それもいろいろと影響受けて生まれてるんですよね。だから、私の文章が誰かの書く文章と似てる、というのは仕方ないし、どこかで似たようなものも発表されていても当然なんです。

かつて、私の文章を読んだ人から、「清水義範好きですか?」と言われたことがあった。その人は私の文章を清水っぽいと思ったらしい(その人にそのことを言ったこともなければ、文章も全く関係なかったのに)。事実、それはそうなのであるが、ああ、知らん間に影響受けてるんだな、と思った次第である。

何が言いたいか分からなくなってきましたが、まぁ、影響を受けていたとしても、写したりはしませんよ、と。そういう意味で“オリジナル”ですよ、と。

で、今日の“オリジナル”の話は“オリジナル”になってるでしょうか。

(2003/11/3)

昼まで用事のないのんびりした休日。朝7時ぐらいに目を覚ましたが、当然のように再び眠りについた。9時半ぐらいに起きればいいかぁ。晴れてるし洗濯もできるなぁ。さ、もうひと眠りしよう。

……ふと、目が覚めた。まだ寝てていいんじゃないかなぁ、何時だろう。時計を探す。あれ、時計がない、どこだろう。

……がばっ。あ、何だ、夢かぁ。夢の中で目が覚める夢かぁ。相変わらず変な夢を見るなぁ。で、何時だろう。時計はどこかな? あれ? 部屋の中の時計がおかしい。小さな目覚まし時計2つ、ビデオの時計、携帯電話の時計、掛け時計……、いくつもいくつもある時計が全て違う時刻を指している。え、何で何で?

……ここで目が覚める。何だ、また夢か。そろそろ起きて洗濯する時間かな? 時計を見る。時計の針は午後1時をとっくに過ぎている。え、嘘?

……嘘だった。また夢だ。今度こそ起きて時計を探す。が、また見あたらない。部屋の外に出れば時計ぐらいどこかにあるだろう。誰かに聞いてもいい。近くに人が集まっている。よし、あの中の誰かに時間を聞こう。そばに寄る。しかし、「こっちに来ないでくれ」と追い払われる。私は、今が何時なのか知りたいだけなのに。釈然としないものを感じながら自分の部屋に戻る。

……目が覚める。何だ、また夢か。確かにおかしいもんな。しかし、よく続く夢だよなぁ。面白い夢だし、誰かに話そう。忘れる前にメモを取ろう。えーっと、夢の中の夢、いったいいくつ見たんだっけ。ひぃ、ふぅ、みぃ、……。あ、そういや、今何時だろう。時計を探す。

……目が覚める。おかしい。いくらなんでも続きすぎだ。今度はちゃんと目が覚めているはずだ。今までのは夢だけど、今度は現実。しっかり目が覚めているはず。マンガみたいに頬をつねってみるか? 上体を起こす。自分の体を触ってみる。ぽんぽん。うん、確かに感触がある。起きている。

……しかし、そう現実は甘くない。いや、夢は甘くない。しっかりと起きたことを確認しても、そのことが夢だったのである。今は起きている。さっきも確認した。でも夢だった。夢だった、と考えているということは、夢を見ていたのが寝ている時で、今は目が覚めて起きているから考えられるんだ。そのはずだ。私は目を覚ましている。夢から覚めている。これは現実だ。

……という夢を見ていた。勘弁してくれ。私は目を覚ましたい。また夢だったなんて。やめてくれ。これも夢なのか? そうなのか? そうなんだな? いい加減、起きさせてくれ。

…………。

……がばっ。はぁ、はぁ。今度こそ、起きた。はぁー、怖かった。長い…長い夢だったなぁ。ぽんぽん…。両手で体を叩いてみる。夢の中でも確認したな。でも、今度は確実だ。たぶん。そうだ、時計。ほっ、全部同じ時刻、8時40分を指している。夢の中に出てきた、掛け時計は私の部屋にはない。寝る前と何ら変わらない自分の部屋だ。

よかった。夢じゃない。今度こそ、確かに現実だ。

あれからずっと夢を見続けているのでない限り――。

この作品はだいたいノンフィクションです。

(2003/11/1)

このページのトップヘ