ぶつぶつノート ~ごはんおかわり~

たとえアイコンがうさぎになろうとも、ヒト型ネコはゆずらないっ!
ごはんおかわり! お茶も!
あ、ぶぶ漬けでもどうですか?

 今さら私が指摘することでもないが、京都の町は碁盤の目のようになっている。
 しかし、その碁盤はきれいな碁盤ではない。大きな道路はだいたい碁盤である。でも、後からいい加減な性格の人が定規を使わずに描き足したような、京都はそんな碁盤である。途中で途切れたり、斜めになっていたり、これじゃ碁は打てないよ、という感じである。小さい路地や中心から外れるにしたがってその傾向が強くなるように感じられる。
 そして、おおむね碁盤なので慣れた人にはわかりやすく、似たような角が多くて碁盤の例外もかなりあるので方向音痴には迷いやすい。京都は町そのものが人を惑わす迷宮なのである。
 
 さて、私の家は、職場のほぼ真北に位置する。きちんとした碁盤であればまっすぐ北に進めば帰れるはずだが、残念ながら、平安京の外であり、かなりいい加減な碁盤の部分である。いくつも角を曲がって、遠回りして帰らなければならない。
 ある日、私はいつもと違う道を帰った。真北に進みたくても道路がなく、いつもは少し西へと迂回するところを、東へと進んだ。方向音痴の「何となくこっち」はかなり危い。
 そして、私はなぜか山を登っていた。いつもならなだらかな上り坂が、一本違う道を進むだけでかなりの急勾配である。もう自転車は漕げない。夕闇の中、自転車を押しながらへろへろになった私を、彼らは待ち受けていた。

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 お地蔵さまである。はずだ。しかし、このようなお地蔵さまを私はかつて見たことがなかった。疲れのせいか、あたりを覆う薄い暗闇の醸し出す雰囲気のせいか、そこは異世界のようにも思えた。はて、私は今どこにいるのか。ここは仏さまの住まう極楽浄土であろうか。
 お地蔵さまは何も答えず、ただ静かに微笑んで(?)いる。手を合わせて頭を下げ、その場を立ち去るしか私にできることはない。
 後日、私の調査により、京都の町にはあのようなお顔のお地蔵さまがたくさんおられることが判明した。気づかなかっただけで、自分の家のすぐ近くにも、よく行く近所の銭湯の入り口にも、かわいい顔のお地蔵さまがおられた。
 きっと、迷宮の闇に入り込んでしまった私のような者を、優しく導いてくださる役目なのだろう。

場所:京都市のいろんなところ(写真は私が迷って行き着いた所)
効能:迷える者を導いてくださる(と思う)

(2003/11/7)

試験開館だったのを本開館といたしました。
なお、一度ご覧になった文章ももう一度読むと何か変わっているかもしれません。
しれっといろんなところ修正しています。

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